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2009年3月

2009年3月31日 (火)

NHKの語学放送

昨日から2009年度のNHK語学放送が始まりました。

一度CD&テキストでやってみたことがありますが、そのときは1ヶ月もたずに挫折しました。
今回はPCに接続できるラジオチューナーを購入して、タイマーでmp3で録音し、ipodで聞くという算段です。初日は楽しくできました。

AMラジオですのでCDに比べ音質は悪いですが、昔からラジオは大好きなので(雑音も含めて)、しばらくは続けられそうです。

こちらのチューナーは6000円程度、CDで勉強すると1講座あたり1580円/月。
毎月380円のテキストだけ買えばよいわけです。

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豆乳ラー油鍋

今日の夕飯は「豆乳ラー油鍋」というものを作ってみました。
とても美味かった。

これは2代目料理研究家、ケンタロウ×栗原心平の二人の本「白金台三丁目食堂」に載っていたものです。
豆乳と鶏肉で品の良いコクがあるスープができます。
〆にラーメンを入れて、最後まで楽しめます。

ミルクも美味しいけど、豆乳も美味しい。
最近はスタバでもソイラテにしています。

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2009年3月29日 (日)

もしかしたら

僕がやるべきこと、やらなければいけないことが…やっと見えてきた。

これまでもずっと自分にはどんな役割があるのか、世の中の為に一体何ができるのかと考えてきた。でも確信めいたものが未だにわからずにいた。
やりたいことを通しての人のためになることばかり考えていた。
でも今自分の為にも自分の周りの人たちの為にもやらなければならない、自分の魂も求めるこれこそ本質的なものと思える僕がやるべきこと。

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2009年3月19日 (木)

実現の経過として

なぜこのBLOGを始めたのか。
それは夢に向かって行動し、壁にぶつかりながらも
実現していく。

その過程を書き記す為に始めました。

有言実行していく為に。

僕の好きなBLOGにナガオカケンメイさんのナガオカ日記があります。
このBLOGの特に初期の頃が好きです。
まさに有言実行の記録。

何が良いのか。ナガオカ日記は希望と勇気を与えてくれます。
だから私も書くのです。

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2009年3月17日 (火)

肉と草と愛と恋と

僕はPODCASTをよく聞きます。
気に入った番組を登録して移動中などに聞きます。

文化系トークラジオLIFEというPODCASTで
「草食系男子の本懐」という番組を聴きました。

最近注目ワードとなっている「草食系男子」について語り合っています
Part1~7まであり、すべて聞くと3時間位になるので
忙しいけど聞いてみたい方はPart5~7を聞いてみるとよいでしょう。

最近は恋愛マニュアルに出てくるようなガッついた肉食系男性が減ってきた
みたいな話から始まるのですが、最終的にこんな感じでまとまります。

肉食系はとは相手在りしの恋愛を求め
草食系とは相手なき恋愛
なるほど納得・・・

最近の若いもんは恋愛においても他者との対話がない。

 

また愛と恋の違いなんてことも話し合っていました。今までの僕もそうでしたが若いうちは愛と恋の違いがわからない。愛するということがなかなかわからない。愛してるよといいながら、恋してるだけ。でも恋してるだけで結婚してしまう人も多い。だから離婚も多いのだろうけど。

そういう僕もまだ愛する人にめぐり合っていないのか・・・それとも愛すべき相手を逃してしまったのか・・・。ただ、いまの時点でわかっているのは恋だったという事。条件付きの愛=恋だったということ。今までの僕が選んだ人は、もちろん外見とかもあったけど、まず一つは華のある人。僕にとって華というのは、自然とその人のまわりに人が集まってくるような好かれるタイプの人。これは完全に自分のないものねだり。自分がそういう人になりたいのにそういうパートナーを選ぶことで補完した気になりたかった。もう一つは、この人と生きていけば自分の夢が果たせる、または可能性が広がると思える人。こうやって書けばわかるとおり完全に草食系・・・。

今は自分の夢は自分で叶えるしかないし、なんでも自分で切り開くことでしか自信は築けないと日々実感しながら生きている。でも当時はそうではなかった。夢や未来を自分の延長線上として見ているつもりでも、そこには相手のもっているもの(例えばセンスやコネだったり)や相手が自分の夢に向かっての何かをしてくれるであろうという期待を通して見ていた。なんて情けない男だと今でこそ思うけど、当時は出口があるのかないのかわからないトンネルにいるような感じだった。自力で出るしかないとわかっていても、いつ出れるのかと思い、また出れっこないと諦め半分でもあった。

そんな期間を経て今は何事も立ち向かうしかないという考え方で進んでいる。そんな自分は肉食系でいたいし、もっともっと肉食系になりたいと思う。不安定な生活をしている私が言うのもなんですが、男は家族を守り、父親にもならなければならない生き物。結婚して家庭を築いたら、妻が働いていようがいまいが夫の収入で生きていける様でないといけないと思う。男はいつでも大黒柱でなければあらないと。そこを抜きにして夢を語ってはいけないのが男の宿命と思う。

最近こんな若者がいました。若者といっても僕より少し年下の26歳ですが。
彼は年上の女性が好きなようで、50代でもよいと言っています。彼は得意げに俺は変わり者なんだと言う調子で話していました。でも傍で聞いている私には彼の幼児性以外の何者でもないと思いました。

「草食系男子の本懐」では、女性に求められるものが多くなり、忙しくなり過ぎているなんて話もしていました。女性がやるべきことが増えてきていると。つまりは従来の女性の女として、美しくあること、主婦や母として・・・。それに加え男性的な部分、主に仕事においての役割が追加されてきた。

でもね女性のすべきことってって、本当のすべきことってどういうことなのかなって思う。同じく男も。世の中に溢れる情報が闇雲に勝ちだの負けだの、富裕だの貧困だの、かっこいいの悪いののようなことばかり・・・そこには男も女もなく。もっと人間の雄と雌としてのその延長線で互いに担うものがあるのではないかと思うのです。

「草食系男子の本懐」・・・もし興味のある方がいらっしゃればiTunes storeで検索してください
もちろんタダで聞けるプログラムです。

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2009年3月11日 (水)

わたくし本日30歳となりました

本日無事に30歳となりました。
29歳の年に人生のリセットを決意し、30歳の年は0から1へと向かいます。
今やるべきこと、今やりたいこと、今できることを書き出しました。
35歳、40歳となって振り返ったとき悔いのないよう一生懸命に

少しずつ着実に進むべし

かましてやろうよ

みんな見てろよ

俺を見てろよ

夢と希望とは

俺のことさ

なんてね




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2009年3月10日 (火)

心温まる話を

ある食品店でアルバイトしております。調理に食パンを使います。
業務用の食パンなので、1本の長さが通常の食パンなら5斤分くらい。
パンはスライスされた状態で運ばれてくるのですが、長い食パンの両端の耳の部分、ここはいつも廃棄しています。
これがとても勿体無いと思っていました。
そこでその耳をもらってきました・・・朝食のときにトーストして食べようかなと思い。
恥ずかしかったけど、本来美味しく食べられるものだし。

私は祖母の一戸建てに居候させてもらっています。
・・・自分の夢の為に甘えさせてもらってます。

夕方に帰ると祖母が茄子の天ぷらを揚げておりました。
持って帰ってきたパンの耳を見せると余った天ぷらの衣をつけて揚げてくれました。
「そのまま食べるよりいくらかマシでしょ。」なんて言って・・・。
そして揚げたての衣のついたパンに砂糖をかけて美味しく頂くこととなりました。

正直パンの耳を油で揚げるなんて、油っこくなるし・・・って思いました。でもパンを揚げる祖母の顔を見るととても和み温かいものを感じました。パンの耳でも大そうなおやつであった時代があったわけです。美味しくそれを食べえた時代があったわけです。だからこそにじみ出てくるその表情に、グッと来ました。

なんだかとても幸せな出来事でした。

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2009年3月 4日 (水)

ストーリー

あるデパートでアルバイトをしています。
先日、合同で消防訓練がありました。初めて参加したのですが、訓練の光景はどこが滑稽・・・。

何が滑稽か・・・。皆さんでホースを握って放水したり、消火器を持っって「火事だ火事だ~!」と叫んでみたりするのです。
しかしその服装は各ショップのユニフォーム。LイVトンだったり、Aルマーニだったり、中華料理やイタリアンや蕎麦屋だったり・・・

ゴチャゴチャに混ざりあって一緒に訓練をしているのです。
というより混ざらないものを混ぜたような

普段買い物をしていていると当たり前なので意識はしませんが、その光景を見て、お店という箱の中にはでそれぞれにストーリーが与えられ店員さんはそれを演じているんだなと・・・思いました。

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やりたいことを仕事にするということ

最近アルバイトが変わり、睡眠の時間帯も変わった。 
先々週まで08~13時⇒先週から22~03時になった。
1週間経過したものの
時差ボケ状態が続いており、眠りたいときに寝付けず、
起きているときはしょっちゅうあくびが出てくる。
そんな眠れない中で考えたこと。  僕は今やりたいことを仕事にしようとしている。
昨年8月に社会人になって以来6年続けたサラリーマンを辞めた。
そして夢を追う生活を始めた。
現在その準備段階、まだ序の序にも到達していないのだけれど。

その理由は追々書く事にして今回はタイトルについて。

考え始めたきっかけは夜中のJ-WAVEで荒井良二さんという絵本作家の話を聞いたこと。
「ものを作る人は不安を喜びに変える人」という言葉が印象に残った。

やりたいことを仕事にするとき、それが直接的に社会に役立つものであればそれに向かってどんどん進めばいい。だけれど、やりたいことが自分の好きなことであったりして、それが商売になるのだろうかとか人や社会のためになるのだろうかと悩む人も多いと思う。
僕もその一人。だから考えた。

わかりやすく、やりたいことが芸術(音楽やアートなど・・・)である場合について考えた。
芸術というのは、直接的に人を助けたり、生死にかかわったり、お金が稼げるものではない。現実から少し距離を置いたところにあるというか。
では芸術がなぜ必要なのだろう。芸術家が必要なのだろう。

仕事というものを考えたとき、皆が無理をしてその仕事をしなければならないのは何故か。
それは仕事の多くが分業であるから。世の中が進歩していく過程でどうしても避けられないのは分業という仕事の形態。分業して役割を決めて作業すれば、効率がいいし、いっぺんに多くのもの、大きなもの、複雑なもの、質のよいものができたりする。・・・結果的に富が手にできたり。

現在この日本がとても便利で快適に暮らせるのは多くの人が分業をしているからだ。
工場で働く人、オフィスで働く人、職人・・・様々な形で人は働く。それぞれがそれぞれの役割を果たすからとても便利な世の中になる。給与で仕事の優劣を計る風潮が強いけど、本来(私利私欲にまみれたものを除いて)仕事という形で社会の役割を担っていることに優劣なんてつけられない。

ただし、それが好きなことや、得意なことを活かせている人もいれば、
好きでなく不得意なことを仕事にしている人もいる。無理をしながら仕事をしている人のが多いかもしれない。人は大昔、狩をして、食って、寝て、踊って・・・と心身が一体となって生きていたけど、現代の我々は心と身体がどんどん離れていっている。また心も一つではなくなり、本当の心と別のものを作り上げている。本当の気持ちに線を引きながら作り上げた心。でもこれがあるからこそ組織が何とか動いていたりする。

ここでやっと芸術家に戻る。この分業の進んだ社会の中で芸術家はどんな役割を担うのか。何のために必要なのか。芸術家の存在する意味、それは皆の心の中にある芸術活動をしたい気持ちを代わりに担う為であると思う。絵を描きたい、歌いたいといった皆の気持ちを代わりに担う存在なのだと思う。だから芸術家となるものは大いに大いに思い切って表現して人の心を躍動させるようなことをするべき。

ならば逆に芸術家となるものは何を持って創作するべきか。いわゆるサラリーマンといわれる人たちが働くからこそ世界が成立しているということをきちんと理解したうえで創作しなければならない。功名心やお金の為に、または自分が楽しむだけの為に創ってはいけないと思う。

長々と書いたけれどこれは自分の気持ちを整理するため。僕のやろうとすることが世の中に対してどれだけ貢献できるものかまだわからない。生産性がないんじゃないかって不安になる。だけれどそういうことをしようと思うなら何を肝に刻むべきなのかはっきりさせたかったからです。


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夢をもって生きよう

30歳を前にして、人生をリセットした。夢に向かって進むぞと。

そんな僕がこつこつ考えて、少しずつ行動してみて、実現していく過程を記していこうと思います。

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