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2009年3月 4日 (水)

やりたいことを仕事にするということ

最近アルバイトが変わり、睡眠の時間帯も変わった。 
先々週まで08~13時⇒先週から22~03時になった。
1週間経過したものの
時差ボケ状態が続いており、眠りたいときに寝付けず、
起きているときはしょっちゅうあくびが出てくる。
そんな眠れない中で考えたこと。  僕は今やりたいことを仕事にしようとしている。
昨年8月に社会人になって以来6年続けたサラリーマンを辞めた。
そして夢を追う生活を始めた。
現在その準備段階、まだ序の序にも到達していないのだけれど。

その理由は追々書く事にして今回はタイトルについて。

考え始めたきっかけは夜中のJ-WAVEで荒井良二さんという絵本作家の話を聞いたこと。
「ものを作る人は不安を喜びに変える人」という言葉が印象に残った。

やりたいことを仕事にするとき、それが直接的に社会に役立つものであればそれに向かってどんどん進めばいい。だけれど、やりたいことが自分の好きなことであったりして、それが商売になるのだろうかとか人や社会のためになるのだろうかと悩む人も多いと思う。
僕もその一人。だから考えた。

わかりやすく、やりたいことが芸術(音楽やアートなど・・・)である場合について考えた。
芸術というのは、直接的に人を助けたり、生死にかかわったり、お金が稼げるものではない。現実から少し距離を置いたところにあるというか。
では芸術がなぜ必要なのだろう。芸術家が必要なのだろう。

仕事というものを考えたとき、皆が無理をしてその仕事をしなければならないのは何故か。
それは仕事の多くが分業であるから。世の中が進歩していく過程でどうしても避けられないのは分業という仕事の形態。分業して役割を決めて作業すれば、効率がいいし、いっぺんに多くのもの、大きなもの、複雑なもの、質のよいものができたりする。・・・結果的に富が手にできたり。

現在この日本がとても便利で快適に暮らせるのは多くの人が分業をしているからだ。
工場で働く人、オフィスで働く人、職人・・・様々な形で人は働く。それぞれがそれぞれの役割を果たすからとても便利な世の中になる。給与で仕事の優劣を計る風潮が強いけど、本来(私利私欲にまみれたものを除いて)仕事という形で社会の役割を担っていることに優劣なんてつけられない。

ただし、それが好きなことや、得意なことを活かせている人もいれば、
好きでなく不得意なことを仕事にしている人もいる。無理をしながら仕事をしている人のが多いかもしれない。人は大昔、狩をして、食って、寝て、踊って・・・と心身が一体となって生きていたけど、現代の我々は心と身体がどんどん離れていっている。また心も一つではなくなり、本当の心と別のものを作り上げている。本当の気持ちに線を引きながら作り上げた心。でもこれがあるからこそ組織が何とか動いていたりする。

ここでやっと芸術家に戻る。この分業の進んだ社会の中で芸術家はどんな役割を担うのか。何のために必要なのか。芸術家の存在する意味、それは皆の心の中にある芸術活動をしたい気持ちを代わりに担う為であると思う。絵を描きたい、歌いたいといった皆の気持ちを代わりに担う存在なのだと思う。だから芸術家となるものは大いに大いに思い切って表現して人の心を躍動させるようなことをするべき。

ならば逆に芸術家となるものは何を持って創作するべきか。いわゆるサラリーマンといわれる人たちが働くからこそ世界が成立しているということをきちんと理解したうえで創作しなければならない。功名心やお金の為に、または自分が楽しむだけの為に創ってはいけないと思う。

長々と書いたけれどこれは自分の気持ちを整理するため。僕のやろうとすることが世の中に対してどれだけ貢献できるものかまだわからない。生産性がないんじゃないかって不安になる。だけれどそういうことをしようと思うなら何を肝に刻むべきなのかはっきりさせたかったからです。


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