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2009年7月21日 (火)

「いき」な女

この連休久しぶりに読書をしました。
読んだのは、九鬼周造著 「『いき』の構造」。
書かれたのは昭和5年。読もうと思ったのは90ページ程度と短いのと、僕の日本を知ろうプロジェクトも進めないとと思ったからです。

ですがね、読んでみると自分が描いていた「いき」のイメージとズレがありました。でもこの本は名著なので、当時の「いき」がここに書かれている通りであったとすると、「いき」という言葉は本来の意味から離れてだいぶ独り歩きしていると感じました。もしくは、僕があまり文学いに触れてこなかったからわからなかったのかも。

まず、「いき」は3つのイメージの融合で、その3つとは「媚態」「意気地」「諦め」です。特に「媚態」がベースとしてあり、そこに「意気地」、「諦め」が絡むことで「いき」になります。
ではまず「媚態」から。「媚態」とは異性間の交わり、正確に言えば交われるであろう可能性が十分にありながら交われない、交わっていない感じ。例えば著者は永井荷風の文章を引用してます。『得ようとして、得た後の女ほど情けないものはない』って言ったらわかりやすいのではないでしょうか。「いき」とはその可能性が可能性のまま開かれた状態なのです。
続いて「意気地」これは江戸っ子のもってる活気のような、俺に任せろ~やったるでぇ・・・見たいな感じ。また侍魂のようなものでもあります。
そして「諦め」、これは現実に執着しない、これから先はどうとでもなれみたいな雰囲気。

「いき」という言葉は上品とも下品とも違う。「いき」なものは価値があるという点で上品と同じだけれど、「いき」のもつ媚態は下品に通じる。
また派手とも地味とも異なる。媚態や意気地は派手と通じるけれども、「いき」には「さび」の要素がありそれは諦めに通じる。だからこそ垢抜けていたり、瞬間的な美があったりする。

ではここで寄り道、あるブログに2つのビールの広告がそっくりだと取り上げられてました。(リンク先の画像のがおもしろいのでぜひ見てください)


Photo

Photo_2



































男性の方、ウッチーと壇れい、どちらが好みですか?
女性の目線ではどう思いますかね。どちらが好きとか嫌いとか・・・あまり興味ないかもしれませんね。
どちらも綺麗な方だとは思いますが、この2択を男に選ばせたら壇れいを選ぶ人が多いと思います・・・たぶんですけど。

何故か・・・それでは「いき」の話に戻りましょう。

ではこの「媚態」とその他の2つ「意気地」、「諦め」の絡みについて考えてみますね。僕なりの解釈ですから、少し本から離れてきますが・・・。

まず「媚態」と「諦め」から
諦めの状態、つまりはどうでもいい、この際今がよければどうでもいい。そして媚態に諦めがあれば、より燃え上がれる可能性が出てくるわけですね。
またこの2つの絡みにはもう一つの意味がありますそのとき男は「諦め」に対してこんな都合のいいこと言えたりする訳です「俺について来い、俺といれば幸せにしてやるぜ」と・・・まっ大体はそのときだけの無責任発言ですがね。男は「諦め」の香りのする不幸そうな女性、陰のある女性にどこか魅かれる。それは男自身が男になれる気がするからだと思います。幸せそうな女性をより幸せにすることは難しい、けれど今不幸な人なら幸せにしやすいのでは・・・と浅薄な考えをする。男らしさや正義感を発揮する・・・というもう一つの満足も得られる。

次に「媚態」と「意気地」。
わかりやすく言うと、いかにもエロそうな女性はそれなりのものしか感じません。露骨な媚態は媚態にあらずであり、届かぬところにある媚態こそ最高の媚態。ですから活きの良い女性、度胸のある女性の媚態こそ手の届きそうで届かぬ最高のものなのです。
またこんな意味も考えられます。強い女性に甘える、またはその強さを自分に捧げてくれる・・・場合によっては一緒に心中してくれるような。

著者は「いき」な事例としてこのようなものを挙げています。
薄化粧、柳腰、軽く結った髪、薄い着物、湯上り姿、縦縞の着物もの

「『いき』の構造」を踏まえて僕なりに考えたこの「いき」・・・ずいぶんとヤラシイ男心の塊だと、情けない男の女性に対する勝手な思い、瞬間的な恋心を言葉にしたものだと結論に至りました。

逆に女性が「いき」を演じるのだとすれば、それは最もシタタカな女ということになります。

そんなことを考えながらウッチーと壇れいを見比べてください。
どちらの方が「いきな女」に見えますか?

日本文化というより日本のエロスみたいになってしまいました。
まっ・・・エロスも文化ですからね。

女性の方・・・気になる男の気を引きたければ、是非「いきな女」を演じてみてください。
男性はいつまでも「いきな女」を求めぬように。

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