« 進むぞ…帆を開き、風をつかむぞ | トップページ | 束芋と水と・・・ »

2010年2月11日 (木)

デザインなどについて

最近、ナガオカケンメイ、柳宗理、松岡正剛を畳み掛けるように読んで、思ったこと。
良いデザインの概念あまり変わらないけど、時代背景の変化とともに、重要視されるものが変わる。
すると選定基準は変わっていく。

ナガオカケンメイのロングライフデザイン・・・永く飽きずに、思いをもって使えるもの
柳宗理の日本版バウハウスというか、使いやすさや生産性という合理性を備え且つ民藝的な要素をもつデザインのあり方

日本のデザインとものづくりはこういう感じだよなと思って、松岡正剛の本を読むと一気に相対化され、未来が見えてきたように思えた。

バウハウスは手工業から大量生産へと移行する中での実験だったけど、これからは工業的な方法を超えた上での手工業とは何かという試みる時代になるのでは…
そう思った。

特に装飾を排することがなされてきたけど、ここには大量生産を前提とした部分がある。でも装飾とは装飾性の中の文化、 歴史、感情といったものの積み重ねであったわけで、だからこそ装飾の復活するかもって思う。もちろん無駄な過剰な装飾は言語道断。
だから合理性を超えた装飾といってもポストモダンみたいなのをイメージしないでね。あれは合理性茶化しであり、言葉遊びのコラージュ。
もっと人の気持ちとつながっているようなナチュラルなもの文章力なくてだいぶいい加減な表現ですが…

柄とか模様とかの注目度があがるのでは…と思う。
そういった中に、これから大切にしなければならないものの多くがある。
僕らは置き去りにしてしまっている。

SIMPLEさ、特に男性は好む…思考が合理的だから。
SIMPLEなものは売れるし、調和しやすいし、共感されやすい。
でもこれからは、なぜSIMPLE?と考えてみることも必要。
考えた末のSIMPLEなのか、単なる安易な同意のSIMPLEなのか
ものづくりをする人は頭の片隅に入れておく必要がありそうだ。

日本の文化・歴史について学ぶことは重要だと前々から思っていたけど、何かその核心がなかった。
自分に関わることとしては、モノづくりにいかせるだろう…くらいにしか思っていなかった。
だからすぐ行き詰ることが多かった。
今回、松岡正剛さんの本を読んで、この意味の大きさに気付かされた。
政治や経済の考え方が人や国を動かすように、文化・歴史について知ること伝えることも人を前進させる。
世界経済の流れから逃れることはできないかもしれないけど、これまでマネーのスケールで考えていたことをもう一度細分化することに皆の幸せがある。
その舵取りは皆でしなければならない。それには日本のことを知る、身近な地域のことを知る…それしかない。
決して共感されやすいことではないから、楽しいことではない。
でもその先に光を感じます。

|

« 進むぞ…帆を開き、風をつかむぞ | トップページ | 束芋と水と・・・ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 進むぞ…帆を開き、風をつかむぞ | トップページ | 束芋と水と・・・ »