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2010年5月 1日 (土)

色々ウツろう言葉咲くイメージ

 もう旬は過ぎてしまったけど、春になると桜の物が色々と出てくる。 桜餅も好きだし、今年ハマったものはスターバックスの期間限定の桜クリームフラペチーノ。桜のかほる食べ物はなんともホッと咲かせてくれる、否、させてくれる。
 先日行った、"はるは"さんのイベントでも桜というのが一つのモチーフになっていた。

桜色は美しい、あの白色に限りなく微かに生命が宿ったような色相がなんともいえない。桜色といえば、桜鼠という名の色があることを知って、それはまるでロミオなジュリエット色というか豚な真珠色のような気がする。最近は鼠色という呼び方はとダサい?イケてない?のか灰色とも言うけどもっぱらグレーという。 たしかにミッキーマウスは例外として鼠はあまりイメージが良くない。鼠がつく言葉はイメージが良くないものばかり、ねずみ講、ドブネズミ、そして鼠小僧に鼠男、大体そんなところだろう。 でもこの鼠色、日本の色としてはまずまずな位置を占めているようなのです、むしろ"いき"な色らしい。桜鼠、藤鼠、梅鼠、利休鼠、鳩羽鼠・・・。鼠色は江戸時代になってからできたもので、先にいくつか挙げたような鼠色の変相色は江戸の中期あたりに出てきて、明治あたりまで"いき"な色として好まれたようだ。 他に色の名称にでてくる生物の名前は狐、鳶、海老、鳥の子、雀、鶯、虫、鳩・・・実は溝鼠(どぶねずみ)という色もある。その名は今ひとつではあるけれど、日本人の感性には鼠が一番合っているかもしれない。その鼠によって鈍く霞んだ色は、明かりと影の間のうつろいの一瞬を切り取ったようなものだ。すると桜も鼠も儚き一瞬という意味では繋がっている。        

   白波の立ち寄りて折る桜花 (弁内侍)

   散らしかけて逃ぐべかりける (二条為氏)

弁内侍は女流歌人、二条為氏は貴族の歌人。 時は鎌倉時代、御嵯峨院が御幸(外出)する時のこと、御車と入れ替わるように為氏が御供に参った。 ちょうど桜が咲いていて、為氏が桜を折った。それを御嵯峨院が見ていて、お車に同乗させていた弁内侍に、為氏に連歌を仕掛けるよう命じた。 それが上記の句。 白波とは、白波五人男という盗賊のこと、歌舞伎では石川五右衛門や鼠小僧とともに三大悪党の一組。 為氏は白波と桜に散らしかけてと返したわけです。 詩や俳句でさえ、大したことも知らないのだけど、連歌はおもしろい。 何が面白いかって、他者との共作であることと、そのことで先の読めない意外性がある。それ故に、詩や短歌と異なりイメージが移ろうようなものがある。 前の人がどんな句を読むかわからない中で、連歌師は高度に言葉を紡ぐ。 落語や桑田圭祐の歌詞もすごいけど、それもこれも日本の文化史に連歌のような遺伝子があればこそ。 連歌は和歌の五・七・五・七・七を 五・七・五の上句と七・七の下句に分け、それを順番に詠む。 (五・七・五)+(七・七)に分けて二人で詠む短連歌や、 (五・七・五)+(七・七)+(五・七・五)+(七・七)+(五・七・五)+(七・七)+・・・ と50や100と続ける長連歌がある。中世に流行り江戸時代あたりまでは続いたようなのだけど、今では幻の文芸になってしまった。
連歌は二人以上で行われる、であればこそ、起きる予期せぬものがある。 ある宗匠が発句(最初の句)をこう詠んだ。

  新しく作りたてたる薬師寺かな

天才連歌師宗祗が付句にてこう応じた。

  物光る露の白玉

宗匠は宗祇に言う、「文字が二つ不足している」と 実は、こういうことになっていた。

  新しく作りたてたる薬師寺 "かな"物(=金物)光る露の白玉

宗祇は、あなたの字あまりを私が直して差し上げました、そんな感じなわけで。 長連歌になると、 長い故にルールやテーマを課して会を催すこともあった。 始めの文字を、イ・ロ・ハ・ニ・ホ・ヘ・ト・・・の順で使用しなければならないとか、句のどこかに万葉集の歌人の名を入れ込まねばならないとか。 そんな縛りの中で言葉とイメージがゆらりと変化していくのが連歌のすごさ。 まだまだ全然わからない世界なので良い句を沢山紹介できないのは残念。

 言葉の組み合わせが生み出すものも素晴らしいけど、一つの言葉について踏み込んでみると、今に至るまでに変化したもの、削がれたものがあらわれ、そこには時間や奥行きがあることを知る。
長連歌の最初の句を発句と言うことは先に書いた通り。 一方、最後の句は、挙句という。そう、挙句の果てのアゲク。
桜はサ・クラでサは神をのことで、クラは蔵。春という季節は、山から神が下りてきて、一度桜で安息し、夏から秋にかけて平野を駆け巡り実りをもたらす。桜はそんな樹なのである。
言葉はその文字という表象があって、意味がある。その表象と意味は必ずやセットではなく、互いにスライドしながらズレを起こしながら、時には離れ、あわさる。 だからオモシロイ。
そうこのオモシロイ・・・漢字で書けば面白い。漢字の通り、目の前が真っ白になっている事をさしました。例えば、陽が燦々と注ぐような状況であったり、滝つぼ一面に舞い上がるしぶきや、雪景色。
いまでも言葉をすぐに略すけど、鮨を「す文字」のように言う習慣があった、食べ物が無くて空腹に耐えることを「ひもじい」というが、これは「空腹で"ひだるい"」というときの「ひだるい」の頭文字を取って「ひ文字」といったところから「ひもじい」が一般化した。
女性が変えた言葉もある。おいしいは元々"いしい"であったところを、女性が丁寧に「"お"いしい」としたところ、それが一般的になったもの。また、「○○です。」といつも使っている、この「です」は最初遊女がつかっていて、それが山の手の富裕層に広がり一般化していった。
文化や風習を垣間見ることもできる。 祝うとは、そもそも斎う(いわう)つまり祈ることだった。重大な出来事の時は祈る。この祈る時の中で良い出来事についてだけが残り、今の祝うと同じになった。
サチという言葉、幸つまり幸福の意で使われたり、海の幸、山の幸とうように食物の意味でも用いられる。確かに、食物があれば幸せなのだからその語源が同じというのは納得。ではそもそもサチは何かといえば矢尻をさしていた。そう狩猟の時の矢尻である。この矢尻が食物と幸せを運んでくれということ
オトウト、イモウトも面白い。その昔、奈良平安よりも前のこと、男女共に同性の自分より上の下の兄弟をエ、下の兄弟をオトといった。つまりエには上とか優れたという意味があり、オトは劣るの語源で下という意味もあった。一方、男が女の兄弟(つまり姉妹)を呼ぶ時「イモ」といい、女が男兄弟を呼ぶ時には「セ」といった。更にいえば、男が恋人や結婚相手を呼ぶ時も「イモ」といい、女が恋人や夫を呼ぶ時も「セ」といった。わかりにくいかもしれないけど簡単なこと、要するに奈良時代より前までは近親婚が当然のように行われていたということ。妹という漢字の音読みはセとイモでその名残がある。
日本語には緊張感があって、ある一線を越えると、意味が全く逆になることがある。 御前→オマエ! 貴様→キサマ! 極めつけは、 あはれ→アッパレ 天晴れだけが一人歩きをしてしまっているけれど、これはとても儚い言葉だ。武士が華々しさを極めた戦国の世。勝てば栄誉、負ければ哀れな死があり、武士は常にその境に立っている。天晴れとは哀れ表裏をなす、そんな武士を讃える言葉のなのだ。

桜の美しさ、それはまさに天晴れというにふさわしい。 言葉のことまだまだ知りたいこと、書きたいことがある。どのうち続編を・・・。

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