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2010年5月13日 (木)

POST FOSSIL 展

21_21 design sightにて開催中の『POST FOSSIL(ポストフォッシル)』展に行ってきました。
Li Edelkoortさんがディレクターをされてます。

Li Edelkoortさんはトレンド予測の第一人者だそうで、彼女の会社トレンドユニオンでは未来予想をしているらしい。

次なるデザインを模索する試みのこの展覧会、そんなふれこみだけを頭に入れて向った会場には面食らった。
そこには最先端、ファッション、洗練といった印象は皆無。いわゆるデザインという言葉から想起される、直線や平面、美しい曲面、繊細さ、均質さといったものはない。広がるのは歪み、荒々しさ、いびつ、凸凹、不安定、不気味さの世界。
量産品と真逆の、そしてアートとも違う、手垢にまみれた創造があった。

これらの展示物は、今の東京には異様なものとして映るかもしれないけれど、10年、20年後が暗示されているように思えた。自然や生命を意識したものが多かったり、人工的に美しく成形されたものはあまり無い。人の手でベタベタと生み出したフォルム。

これから世界はより均一に、更に格差は拡がる。なかなか見通しは良くないけれど、ものの創造という観点でいえば、今回の展示の発するトレンドはもしやありえるかもしれないと思った。
これから先、サイエンスやテクノロジーは驚くべき進歩を遂げると思う。その一方で、衣食住については個人的な生産へ向うんじゃないかと思う。古きよき時代に戻っていくということではない、それは残念ながら減り続けていくであろう収入との兼ね合いからそうせざるを得ない世の中になるということ。
その時、再び生活の身近部分で楽しむ流れになっていく。

20世紀のデザインはモダンがキーワードだった。モダンを超えようとする流れもあったけれど、結局モダンという軸から離れられなかった。言ってしまえばモダンというのは理性のデザインなんだと思う。
21世紀は理性や言葉を超えた、感覚やありのままを受け入れるという人間の生命に近い部分で進む、そう思う。

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