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2010年8月

2010年8月18日 (水)

盆休みの仕事とmartin(マルタン)の焼印

盆休みは少しちゃんとやらねばと、名刺入れを沢山作って
沖縄の「天花(てぃんか)」さんに送りました。

今朝とっさに撮ったので雑な写真で・・・スミマセン。

20100817blog01

本当はあと3つ作ったのだけど、最後の最後で汚れが発覚。。。

黒とヌメを同時進行で薦めた為、黒革の色が作業台に付着し、それがヌメがはについてしまったようで。

なんでもいっぺんにやるほうが効率がいいですが、もっと注意を払いながらやらねばと

痛打・・・。

そして気付いていただけました?

20100817blog02ok

こんな感じで少しずつ頑張っていきます。

いえいえもっと頑張らねばなりませぬ。。。

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2010年8月13日 (金)

マン・レイ展 知られざる創作の秘密 ・・・あなたのMan Rayは見えますか?

Man Ray(1890-1976)・・・シュールレアリズムの写真家。
これが多くの人が認識する肩書き。
COOLなアーティストと思っていたけど展示を見終えて印象が変わった。

本名Emmanuel Radnitzky
略してMan Ray

Man Rayと名乗りだしたのは写真をとり始めた頃と重なる。
つまり、

その男、光線につき

とでもいうことか。野心に溢れた名前である。
時は1915年、アインシュタインの特殊相対性理論によって光が神となった10年後のこと
事実彼は、光線として生きる。

●画家にして写真家、写真家にして画家

マン・レイとってこの違いは、天と地だ。
何よりもまず自分は画家であるはず・・・と。
しかしながら世間は彼を画家とは呼んでくれない。

そもそも自分の作品の記録の為にはじめた写真。
画家としてなかなか芽がでなかった彼は、写真家として食い繋ぐ。
他の芸術家の作品を撮影するという臍(ほぞ)を噛む思いもしばし経験する。

ニューヨークではマルセル・デュシャンなんかとつるんでニューヨーク・ダダの活動をしたりする。
当時、前衛芸術の中心はパリでデュシャンが渡仏すると、レイも後を追うことになる。
デュシャンは既にビッグネームだった。彼のおかげでマン・レイはニューヨーク・ダダの主要メンバーとして迎えられる。

●反転し続けるポートレート

マン・レイは光のごとく一途な男であり、策士でもある。
パリではモード界の重鎮ポール・ポワレに認められ、ファッション写真でその名を馳せる。
彼にとって、生きるための手段であった写真。写真あればこそ生きられたし、芸術を続けられた。
沢山のポートレートからも見て取れるように、著名な族ともつながれた・・・人脈の作り方については、運がいいのか強かなのか、いずれにせよ写真という実があったからこそだ。

ソラリゼーションやレイヨグラフのように写真の可能性を広げる試みをするも、腹の内には常に絵を描くことへの、絵画こそが芸術であるという彼のこだわりがチラつく。
人生というのは皮肉というか、それでこそ人生だし、このアンビバレンスなマン・レイの生き方が垣間見えるからこそ本展は面白い。
写真こそがマン・レイなれど、写真こそがマン・レイにとっては矛盾・・・。
でもこの矛盾、ポジなのか、ネガなのか・・・。

●光は重力で曲がる

もう一つ、彼の作品を面白くしている要素をアインシュタイン風に言えば

光(Ray)は、重力G(gravity)で曲がる

ということ。彼にとっての重力GはGirl friendなのだけど。

1914~19  Adon Lacroix(詩人)と結婚
1921~29 Kiki(モデル・歌手) 
1929~32 Lee Miller(元モデル・マン・レイの助手)
1946~   Juliet Brownerと結婚

キキ以降は、しょっちゅう作品に登場する。
黒と白はKiki。
唇や目のメトロノームはLee Miller。
今回の展示でAdon Lacroixの写真はなかったけど、みな美女ばかり。
彼女達をモチーフにしたマン・レイの作品は情に満ちている。
彼女たちの重力の支配下での創造のように思え、人間臭いのが愛らしい。



終生彼が目指したのは画家としての成功だった・・・らしい。
苦悩も見えるでも、かなり好き勝手に楽しんでいる様子も見える。
今で言えばアート・ディレクターのような仕事も多い。
芸術の中にアウラを求めつつも、あっさりとポップもやり遂げる
地に足がつかないのか、つけようとしないのか

とらえどころのないWan Ray (弱々しい光)

それがMan Ray。

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