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2010年9月 9日 (木)

【book martin 41928】 001 立川武蔵『空の思想史』

本を読むことが好きだから、一冊の本を読み終わった後、次に何を読むかと決めるときが何ともワクワクする。

ちょうど読み終えたのが立川武蔵『空の思想史』という本だ。
最後に次に何を読むかを決めようと思うのだけど、
『空の思想史』エッセンスを少し書き綴ろうと思う。

この本は仏教のもっとも重要な考え方である「空」が、インドでの仏教誕生以来、チベット、中国、日本と移りゆく過程でどのように変質してきたかということをまとめたもの。

仏教は多神教、キリスト教やイスラム教は一神教というのは誰もが知っていること。
つまりは、キリスト教やイスラム教では世のあらゆることを論理的に遡っていくとその頂点に神がいる。
一方、仏教はそういった全ての原点になるようなもの(ブラフマンという)はありえない。意外かもしれないけれど、神の存在も認めないし、魂も認めていない。
空の考え方では、全てのものは互いが存在しあい、それによって関係付けられ、それによって存在するというような関係。

仏教の拡がりとその変化を追う時に、般若心経の「色即是空」という意味の解釈を比べるとわかりやすい。
学術的にはかなり乱暴な言い方になってしまうけど(・・・細かいニュアンスまでは僕自身理解できていないし)

色即是空・・・色(諸々のもの)は空である

インド仏教では、あらゆるものは空(実体のない)ものと解した。
日本ではこれを色(諸々のもの)にこそ空(真実)があると解した。

インドでの空は否定的な面が強く、日本でのそれは肯定的な面が強い。
空には3つの時間がある。
まず、①空性に到達するまでの時間・・・ここでは万物は空なのだと徹底的に否定をする。
次に、②空性に到達した瞬間。
最後が、③空性に到達した後の時間・・・空性を超えたものとして見えてきた新たな世界観でもって現実に向っていく時間。

インドでは①の面が強く、日本では③に重点が置かれる。

この変化の訳はそれぞれの環境の違いが影響しているのだろう。宗教の発生は現実と心の間を補填するようなものだから、その環境によって生まれる宗教にも違いが出てくる。
いろいろな人が話していることだけど、例えば有名な宗教学者山折哲雄さんも中東なんかの過酷な環境に行くと、キリスト教やイスラム教のような一神教が生まれた理由を肌で感じたという。苛酷な環境で耐え生きるためには、強く信じるものを必要とするわけだ。
一方インドも暑く過酷な環境で、なのに誕生した仏教は唯一神のない宗教だ。強く信じられる神の代わり、この現実は真実ではないという否定し、別のどこかに生の拠り所を求めている。
じゃあ日本仏教で肯定的な面が強いというのは、そもそもアニミズム(自然崇拝)を信仰する土壌があったように、自然豊かでそこから与えられるものが多かったからだろう。

このニュアンスの変化を立川武蔵さんは桜で説明していた。
インド人の僧ならば、すぐに散ってしまう桜のような花の色や形に執着するなと説くだろう。一方、日本人の桜が好きということには桜が散るということまで含まれていて、つまりは桜を無常なものとして受け入れると。

本当はもっともっと密度の濃い本なのだけど、頭がおっつかない。。。
いつもは仏教の本をポツリポツリと読むから、イマイチ理解が浅い
だから次に読む本は仏教を続けてみようと思う。
10年以上前に買った同じ著者立川武蔵さんの『日本仏教の思想』を読むことにした。

Photo_2

 

 


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