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2010年11月

2010年11月 6日 (土)

HIRAMEKI Design × Finland

先日HIRAMEKI Design × Finlandへいってきました。
詳しい内容はこちらで見て頂きたいのですが、個人的に腑に落ちたことがありましたので、それについて書こうと思います。

何かといえば、シンプルということです。北欧のデザインはシンプルかつ温もりがある、なぜかなと思っていました。でも一緒にいた方の一言でそれが氷解したわけです。
その一言とは

・・・家で過ごす時間が長い国ですからね・・・

あっ!そうかと思いました。家にいる時間が長ければ自然とより住環境に気を配る。そんな中で生まれるのが北欧デザインと言われるものなんだ・・・と。

例えば、展示されていたこの小さなコーヒーテーブル、かなり重い。一見、こんなテーブルは片手でヒョイだと思って手をかけると、ものすごくしっかりしている。縁にかけての100mmくらいがテーパーしていて薄く見えるけど、中央部は30~40mmくらいは厚みがあってものすごく頑丈だった。

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たとえポップなデザインでも北欧のそれはメタなところで温もりと長持ちを考えられている、だから違ってくるのだなと。

翻って欧米や日本のことを考えてみると
欧米のシンプルは単純化やルールのようなものを大切にしていると思います。
(欧も米も分けずに言うのはかなり乱暴ですが・・・)
日本のそれは、本来違ったところに良さがあったはずだけど、最近は欧米と同じように考えていると思うのです。
つまり、素材など発想のはじまりは日本なのだけどデザインの編集が欧米流の編集になっている。
日本のシンプルにも単純化というか、引き算の文化があります。でも忘れてはいけないのは日本の場合、引きっぱなしではないこと、引いた分あるいはそれ以上を想像力で拡がりをもたせるということ。
枯山水、小間の茶室、能や俳句・・・。

経済の論理が入ってくるとデザインの話はどうしても表層の部分になりがちだけど、こういったメタな部分まで入ってこそ大切な学びがあるのだと思います。

フィンランド、ムーミンの故郷ですね。ムーミンもシンプルなラインで描かれたキャラクターで温もりのある容姿ですよね。


明日までですがね

『HIRAMEKI Design × Finland』

期間/10月29日(金)〜11月7日(日) 10:30〜19:00
場所/リビングデザインセンターOZONE
新宿区西新宿3-7-1 新宿パークタワー
1F(アトリウム、ギャラリー1&3)
3F(OZONEプラザ、パークタワーホール、ホワイエ)
7F(リビングデザインギャラリー)

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2010年11月 5日 (金)

マザーウォーター

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「かもめ食堂」「めがね」が好きで。「マザーウォーター」を見てきたんですよ。
なんというか相変わらず和む映画でした。今回は京都が舞台で、全体を貫くストーリーめいたものが無い感じもそのまま。メインのストーリがないから、その場面々々の些細なことがとてもオモシロいのも相変わらず。
登場人物だって今回はキョンキョンなんかも加わって、それぞれが思い思いの仕事をしている。キョンキョンはカフェ、小林聡美はバー、市川実日子は豆腐屋、もたいまさこは???。

今回も概ねいいなと思ったのですが、少し変わったような気がします。正直、良さが失われた感じがします。かもめもめがねも、非日常の長閑な世界があって、その中に現代の社会に生きる中で忘れた何かを気付かせてくれるそんな感じでした。
それらを言外の部分で表現する、そのシーンや仕草や、何となくの一言なんかで。それがものすごくいい持ち味でした。

でも今回は、その大切な何かがセリフになっていた。小林聡美のセリフが、もたいまさこのセリフが目から鱗の名言集ってな感じで。
言葉にしなくてもいいのにって思います。ゆるりゆるりとしたシーンの中で自分でアッとかハッとする。心にジワリとくる。それがよかったのに。

でもこれは、日テレなんかがサポートに入ってるからかなって個人的に思いました。
大きな資本は、わかりやすさを求めるから。

この映画に限らず、わかりやすさが映画を詰まらなくしている・・・。

ごめんなさい、でも見て欲しい映画です。もたいまさこの食べている食事、たまらなく美味しそうでしたし。
京都にも行きたくなりますし。

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2010年11月 4日 (木)

【book martin 41928】 004 森村泰昌『芸術家Mのできるまで』

004m


そう前回の密教の話から芸術家の話に。
つながりは頭文字がM・・・ただそれだけ。

これは芸術家M(森村さん)の話で、
ぼくもMなのだけど、気の強い女性が好きだからもしかしたらそうかもしれないけど・・・
って、そのMじゃなくて名前のイニシャルがMなだけ。

この本は何かといえば芸術家Mが売れっ子になるまでの話が書かれています。
何が良いかといえばネガ、ネガそしてネガの暗ーい暗ーい男の話が、気付けば屈指の現代アートティストというポジな存在になっているということ。

この本は様々なネガとポジがからんでいる。
ネガとポジ・・・写真のネガとポジ、性格のネガティブとポジティブ、社会の勢力のネガとポジ、常識のネガとポジ、凹と凸、オンナとオトコ・・・そしてその疑うべき大前提『ネガ=劣』『ポジ=優』

Mの有名な作品はM自身が女装したポートレート。ゴッホの真似も有名だけど、女装の彼がMらしさ。
ネガがネガのままで生き延びる為に一所懸命してきたことがポジに変わる。そんなプロセスが本のあらまし。

すごくオモシロい章があって、それはこんな内容なのです。
東大の駒場900番教室でMがMM(マリリン・モンロー)に女装して、スカートをヒラヒラさせ、パンツを脱いで放り投げた話。
実はこの教室は作家M (三島由紀夫)が全共闘と戦った場所なのです。その作家M縁の場所を芸術家MがMMとなって現れる。
しかも素晴らしい論理を披露するのです。

M天皇(明治天皇)は幼少の頃、幕府に配慮してオンナとして育てられた。
即位した後は、誰もが知っている毛むくじゃらのオトコとしてのM天皇がいる。

ここには日本がオンナからオトコになったことも重なる。
でも結局オトコになれないオンナ。
日本はいまだにオンナ。

作家M(三島)か弱いオンナのような子供だった。そんな彼はからだを鍛えオトコになった。そしてオトコになれなかったオンナの日本によって殺された。
一方女優MM(モンロー)はまさしくアメリカンドリームだった。でもアメリカンドリームに殺された。オンナであり続け、アメリカというオトコに殺された。

オトコに徹して死んだ作家Mとオンナに徹して死んだ女優MM。

どうやらオトコの背後には死が待っている。
そんな、わけのわからないようで物凄く真に迫った論理を芸術家Mが900番教室にてスパークさせた。

ああMよあなたは何て、素晴らしい。

福岡伸一さんによればオトコの生命的役割は遺伝子を運ぶだけだから、オトコが生きのびる必要がないわけで・・・。
明らかにオンナが時の流れを作っていて、オトコがいくら社会の仕組みをいじってもオンナの作る生命のシステムにはかなわない。

この本から生きる秘訣を読み取るとすれば、正負の掛け算と同じかもしれない。
ネガをどうにかポジにしようとすれば、ネガのまま・・・(-)×(+)=(-)
自分の人生を振り返っても、ネガをポジにすることってあまり上手くいかない
周りを見てもそんな気がする

Mはネガをネガでやり続けることでポジになっている・・・(-)×(-)=(+)
でもこれは相当な変わり者でないと難しいかもしれないけど
言わばポジは強いもの或いは成功者の論理、ネガは弱いもの敗者の論理。
でもネガの徹底(-)×(-)=(+)を続ければポジになる。ネガな自分でいられるための方法を考え実践していく。ポジの側へ行きたい、故にポジの方法を使いたいという気持ちを抑えてみる(森村さんの場合はポジの側へ行くことを完全に諦めていた)。それが大切なわけで・・・。

じゃあ芸術家Mはどうしているか、例えば一例を示すとこんな感じ。
芸術家Mは講演を頼まれことがある。人前で話すのが大の苦手の芸術家M。でも彼はきっちり講演を終える。なぜできたのか?ポジの方法としては、プレゼン上達法の本を読むとか、スティーブ・ジョブスのまねをしてみるとか、コーチしてもらうとか・・・かな。
じゃあ芸術家Mはどうするか・・・。丸暗記・・・全てを。プレゼンの上達法の本を見れば大体の本に書いてあるのは、丸暗記はヤメナサイ。芸術家Mはまさにそのネガな方法を実践する。でもそれだっていいわけだ。そもそも別にジョブスになれなくっても。成功者の後を追うことは、近道かもしれない。でもそれは本当か・・・そんなことをポジの社会の思い込みなのかもしれない。

何をやっても上手くいかないようなネガの塊の妄想人間が、ポジになる様子ぜひお楽しみください。
弱さこそが強さなんだみたいな主張はあるけれど、それが現実の人として証明されているようでオモシロい。
でもそうでしょう強いものが作る歴史には終わりしか待っていない
ネガにはMM(萌える未来)がある。歴史は実はネガがつくっていると思います。

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