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2011年2月13日 (日)

相撲の八百長問題を考えるときに

相撲の八百長問題ついて、疑問に思うこと。
勝ち星を売買することは許しがたいことと思います。

ただ大相撲の歴史や文化が、そもそもガチンコ勝負なのかということ。
記憶にあるところでは若貴兄弟の優勝決定戦で兄が勝ったとか、兄に花をもたせ譲ったとか
実際はどうなのかわからないけれど、人情相撲というのはあっただろうし。

最近はガチンコ勝負の格闘技が人気だけれども、プロレスに関しては筋書きのある闘いと誰もが認識した上で、それでもエンターテイメントとして存在した。

勝負ごとだから本気相撲が基本であっては欲しいと思う。ただ国技というのは文化(相撲という言葉は日本書紀にも出てくるらしい)であるわけだから、文化として相撲を見たときに、もし人情やエンターテイメントとしての要素が相撲に存在しているのであれば、すべてを八百長相撲と同義に扱うのは如何かと思う。

マスコミはすぐ短絡して白黒付けたがるの影響もあるけれど、今の日本人は経済原理で合理的でないという論理立てをされるとすぐ納得してしまう。きちんと分けてみていかなければいけないと思う。これは相撲に限らず、政治にも当てはまると思うけど。。。

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