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2011年2月13日 (日)

『ソーシャル・ネットワーク』(デヴィッド・フィンチャー監督)

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チュニジアで大規模なデモが起きて23年間独裁政治を続けたベン・アリ大統領は退陣し、国外へ逃亡。そのすぐあとエジプトでもデモが起きム30年間独裁政治を続けたバラク大統領は往生際が悪かったものの結局退陣することになった。
エジプト国民の鬱憤を吹き出させてしまったのは、ムバラク大統領が国内のネット網を遮断したことにあると言われている。なぜ遮断したかといえば、自らの醜態がどんどん漏れでていくのを抑えられなくなったからだ。携帯のカメラで写真やビデオ撮影してネットにアップして、twitterやfacebookで公開する、するとそれに共感した友人やフォローする者どうしがそれをどんどん拡げていく。昨年もウイグルやイランで暴動が起きたように、ネットによって政府の不条理な行いを表沙汰にすることからデモが起きるようなことが、新しい市民革命のかたちとなってきたように思う。

そしてこの映画『ソーシャル・ネットワーク』はfacebookの創業者マーク・ザッカーバーグを主人公とした、facebookの誕生から登録者数100万を超えるくらいまでの話になっています。
とてもスピード感と高揚感、それはどんどん桁の上がっていく登録者数、マネーや株、早口の登場人物、寮から住宅そして大きなオフィスへ、従業員の数や群がる女たち・・・・。

facebookをつくる前にザッカーバーグはハーバードの女学生の美人投票をするフェイスマッシュというものをっている。これはハーバードバードのサーバーにハッキングして、女学生の学生証の写真を抽出し、2枚の女学生の写真を並列させ、どちらが可愛いかとアクセス者にに選ばせる。それによって学内の女学生の美女ランキングを作るというもので、この件でザッカーバーグはハーバードから処分をうける。このフェイスマッシュは女性にふられたことから生まれたのだけど、この映画には終始妬み、復讐の影が絡みつく。そしてその創造の現場とかけ離れたように広大に広がるネットのつながり。

facebookにはナップスターのショーン・パーカーが関わっている。この映画でも、出てくるのだけど(どうやら事実と異なるらしいものの)
そこで彼はこう話す。
音楽業界は頭の硬いヤツらばかりだ。別の形で復讐はしたよ。どうだい、CDは売れなくなっちまったろ?

オタクで数人しか友達のいないような天才プログラマーが、人とつながる為のサイトを作った。人とのつながりをもたらすことは知識のつながりをもたらすことのように、情報の世界をつなぐという括りでは同じかもしれない。かたやtwitterは情報をつなげることの方に重心があるように思える。一方のfacebookは当初から人と人がつながるということを強く意識し、人間の実体感をもたせる工夫をしている。その思想は実名で登録することや顔写真を掲載することにはっきりと現れている。

内燃機関の発達や電気が生まれてそれが生活を変えた。そしてITの発展で情報のあり方が変わった。マスが大きな力をもったメディアの構造が変わり始めている。情報以外の技術も発達していくのでしょう。僕は情報以外の分野でもマスでしかできなかったことが数千人とか数百人、数十人単位でできるようになるんじゃないかと思う。地域や家族や個人の単位、そして新たなつながりがもたらす集団、こういったものが新たな共同体となり、社会の構造がパーソナルな集合体として再編成されていくんじゃないかと考えています。
それによって発展形としての封建社会や民族文化のようなものになるかもしれないし、統一的な世界というようなものになるかもしれない。少なくとも現在のベクトルとしてますというあり方、帝国というあり方のようなものには限界点を過ぎていて、転換期に差し掛かっているということのように思います。twitterやfacebookが生み出す人のつながりと力の波は転換期であることを実証しているように思えるのです。

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