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2011年3月

2011年3月27日 (日)

どのようにして日本に原子力発電所ができたのか

唯一の被爆国である日本が、原子力発電所をつくったのはなぜか。
どのように世論が納得したのか。昔のNHK特集の動画がありました。

原発導入のシナリオ ~冷戦下の対日原子力戦略~

part1

part2

part3

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2011年3月13日 (日)

計画停電(輪番停電)の時間帯について

計画停電の時間についての情報が錯綜しています。
整理しました。
停電は送電を停止することで行われます。
送電停止は6万ボルトの送電線の区切りで行われるので、市とか町の区切りではありません
なので東京電力の詳細版を参考にしてください。

速報として流れたのは東京電力の会見資料を元にしたものですが、このザックリとしたグループ分けは参考になりません。

東京電力はこの計画停電が4月末まで続くという見通しだとしています。

第1G・・・06:20~10:00(&16:50~20:30)
第2G・・・09:20~13:00(&18:20~22:00)
第3G・・・12:20~16:00
第4G・・・13:50~17:30
第5G・・・15:20~19:00

※第1,2グループの2回目は行われないこともあります。
※東京23区(荒川区の一部を除く)は明日(3/14)は計画停電を実施しません。世田谷区などが記載されていますが、明後日以降(3/15~)のためと思われます。

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2011年3月12日 (土)

福島の原発で何が起こっているのか

首都圏に住んでいる方にとっては、福島の原発で何が起こっているのかが気になるところだと思います。
こちらのustreamで原子炉の設計者や専門家の方が解説していました。
みながら概略をツイートしたものをまとめてみました。

原子炉格納容器が異常値の8気圧になっているそう。設計気圧は4気圧・・・通常時の気圧は1気圧を下回るようになっている。それは負圧にすることで放射能を外部に出さないため。 福島原発は沸騰水型。

15時半くらいに起きた建屋の崩落は格納容器がある建物のこと。格納容器が破損した場合はかなり深刻なのだけど、それは認められないとのこと。ただ格納容器が8気圧に達しているというのは相当な異常事態らしい。

格納容器が8気圧に達している原因はおそらく、圧力容器内が相当な高温になり、高温な蒸気が排出され続けている。その蒸気は圧力抑制プールに排出されて水に戻るのだけど、圧力抑制プール自体が既に沸点に達し、格納容器の圧力が高まった状態。

枝野官房長官の会見で圧力容器に海水を入れる緊急措置というのは、燃料棒自体を冷却することだけでなく、これ以上格納容器の圧力が上がらないようにするための措置ということらしい。先ほど原子炉の設計者が話していた。自分なりの理解だけど。

圧力容器に海水を入れる緊急措置というのは、リスクもあるらしく、でもこれが成功することを祈ります。地震に追い打ちをかけるような自体になって欲しくない。どうか成功してください。。。


Photo_2

※このイラストは日立のHPより転載させて頂きました。

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東日本大地震について・・・ネットやtwitterのことなど

東日本大地震という大災害が起きまして、唖然とするしかない映像に見入ったりしています。
僕のいる下町の職場でも長い時間にわたりかなり揺れました。あれだけの津波の恐ろしさをテレビで見たのは帰宅後です。世界のどこかで起きているのではなく、東北地方でおきているということ、言葉も出ません。
被害に見舞われた方に心よりのお見舞いを申し上げます。

そんな中で、僕は下町の方の職場から徒歩と電車で帰ってきました。その時ナビとして用いたのはGoogleMapの徒歩経路検索の結果をプリントアウトしたもの、そしてiPhoneでした。
iPhoneの電池切れを避けるために、極力紙の地図を見て、分かりにくいところを確認したり、交通情報の収集をiPhoneでしようと考えました。

僕のいる会社というのはノリが体育会系といいますか、かなり揺れたのですが、とりあえず今日の分は仕事するぞという会社で。。。地震の起きたあとも通常通り仕事をして会社を19時半位に出ました。
まず道路へ出てみて思ったのが、人の多さでした。普段それほど人通りのない道路なのに、金曜日の夜にあれだけの人がいるのがちょっと異様でありました。まずコンビニへ入ってみたのですが、弁当・おにぎり、パンは品切れで、カップ麺やお菓子の類はほぼ通常通りの陳列でした。

JRが終日運転見合わせだったので、とりあえず徒歩で新宿へ向かいました。
JR日暮里駅を通過しまいたが、何時来るかもわからないタクシーを待つ人々が長蛇の列をなしておりました。その長さはハッキリとは言えませんがゆうに100mを超えていると思います。若い人は歩いたほうがとも思いましたが、中にはベビーカーを弾いているような子連れの方もいらっしゃいました。

新宿まではかなりグネグネと道を歩きました。GoogleMapの徒歩経路検索はかなり住宅街の細い道などの裏道も含まれており、緊急事態で独りで動くようなときは判断に勇気がいるような場合もあるように思います。推奨避難ルートが検索できるサービスをつくってほしいなと思いました。
防災への備えのあるのよい会社もあるのだなと思いました、ヘルメットをもって歩いている人を度々見かけました。帰宅方面が同じ数人でという人が多かったです。あとはやはりとりあえず食べ物と考える人も多いようで、食べ物の入ったコンビニの小袋を下げている人も多かった。

都営地下鉄大江戸線の若松河田駅付近で地下鉄の職員の方?が大江戸線は運行していますとアナウンスしているのが耳に入りました。新宿西口駅までの2駅でしたが、地下鉄に乗りました。大江戸線にしては混んでいましたが、立っていても隣の人と体が触れないくらいの余裕がありました。

新宿西口駅で下車し、地下道を通って甲州街道に向かいました。新宿駅の地下では様々な列が発生していました。まず一番長かったのがバスです。西口のバスターミナルは、地上のバス停からその列が地下まで延々と伸びていました。緑色の公衆電話にも列が出来ていました。駅員さんへ経路を質問する列が出来ていました。
その反面、地下街で夜を明かす覚悟をした人もチラホラ見られました。サラリーマンやギャルが新聞紙を敷き詰め食べ物を確保している人も見受けられました。

甲州街道に入ったのは21時半くらいでした。歩道は人でいっぱいでした。八王子方面の車道はずっと渋滞です。スピードは、徒歩のほうが速かった。バスも走っていましたが、すし詰め状態でした。途中古いビルの外壁が剥がれ、ガラスが散乱しているところもありました。そんな中で、自転車の人は車道をスイスイと走って行きました。一番いいのは自転車ですね。自動車もダメです。

幡ヶ谷付近で踏切の遮断機の音や電車のはしる音が聞こえたので、笹塚駅へ行ってみたところ、京王線がちょうど動き出したところでした。自動改札口のゲートはフリーになっており、誰もがタダで乗車できる様になっておりました。
小田急線が動き出したことを知ったのは京王線の中でした。京王線に乗れてからはちょっと安心してiPhoneでtwitterをチェックすることができました。ネットブラウジングは電池の消費が大きいので、それまでは極力しませんでした。

同僚の社員(ともに30代)の男ふたりだったので、割と早歩きで歩いてきましたが、年老いてたりケガや病気であったらこうもいきません。ちょうどスニーカーを履いていたのでそれも良かったです。革靴の日であったら厳しかったかもしれません。できれば職住が近いということが望ましいと感じました。せめて毎日自転車で通いやすいくらいなら、いざという時に安心です。

今回のことでネットについて僕が感じたことを書きます。鉄道各社のホームページは運行開始情報の更新が遅いです・・・乗客が殺到するのを避けるためかもしれませんが。やはりtwitterは早いと思いました。今回は誤報をがリツイートされることもあるようですので、いくつかの情報を比較して論理的に判断することが求められるとおもいます。

近い地域でも、地盤などの違いで揺れ具合がだいぶ変わってくるようです。食べ物なんかにもかなり影響が出そうです。物流的な側面からもそうです・・・パンが不足しているマクドナルドがあるとか。パンについてさらに言えば、水戸にある卵を割って業務用に卵液を製造しているプラントが操業停止になっており、関東のパン製造業者に卵液が納入できない状況であるそうです。

原子炉の問題が色々出ていて気になります。宮台真司@miyadaiさんのツイートを見ていたら、どうも日本には原子炉や火力でないといけないという信仰をひろめている利権が蔓延っているようです。国からの原発被害に関する情報はおそらく控えめな数値になっているらしいです。日本もクリーンエネルギーへと大きく転換していくことを考える機会となればと思います。
が、そうこうしているうちに炉心融解(メルトダウン)と呼ばれる最悪の事態になるかもしれないという情報がさっそうしています。蒸気を排出して炉の圧力を下げる緊急の方法が取られているようですが、融解し炉が破損し外部に放射能が漏れる事態になれば数百キロ以上の場所への避難が必死なのだそうで、余震の可能性を残しつつも、原発の現状への注意が必要な状況です。

昨日から今日にかけてのことを記録的に書いてみました。

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2011年3月 4日 (金)

【book martin 41928】 008村上隆『芸術家起業論』『芸術家闘争論』

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僕が学生の頃、Rem Koolhaasという建築家にすごく惹かれました。斬新で、ポップで、不可解で、しかも資本主義というものをまるで手中にしているような感さえある。学生の間では、少ない頭で彼を読み解いてみようとする・・・といっても全然理解出来ていなかったのですが。。。
最近のRem Koolhaas及び彼の建築事務所OMA(Office for Metropolitan Architecture)についてはよく知らないのですが、たまに雑誌やネットで見かけると、ある部分で彼の建築がも変わってきているように感じます。

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彼の設計手法は大きく変わっていないと思います。それはプログラミングといってデータをベースにして建築を構築していく方法です。例えば、シアトル図書館は世界中の図書館を研究した結果であり、またハーバードでは資本主義の原動力であるShoppingの研究をしたり、建築の外での建築活動をAMOという形でマーケティング、ブランディング、コンサルティングをするといったように、人間の行動や経済との関わりを緻密にリサーチし解析していく。建築としての彼の面白みはこれらの上にあって、現実のデータが、既存概念の概念を超えて、予想外の形態として現実化するということです。あえてデザイン上の作風といえば、そういった既成概念を超えた部分を誇張したかのように形にすることで、スタイリッシュな中に意外性やアンバランスな感覚を持ち込むことでしょうか。そして発表される建築は見るものに毎回斬新さを感じさせます。

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変わってしまった部分の話に戻りますが、これがこの村上隆の著書につながってくるのです。僕らが学生であった頃、彼のプログラミングの話は難しくついていけないところがあった。そうすると結局、彼の意匠(デザイン)の話が中心になってきます。特に彼はポップでクールな意匠に過去の巨匠、特に近代建築の二大巨匠であるル・コルビュジエやミース・ファン・デル・ローエの建築言語(デザインの表現手法)を批判的に使ったり、時にはコルビュジェの写真を真似たりもした。学生時分の僕らはプログラミングの話は放って、その読み解きの方に夢中になった。僕らだけではない、当時は文系な建築系の雑誌がまだあって、批評家たちもRem Koolhaasの意匠について論じていた。そして僕らは批評家たちの読み込みを読み込んで。。。と、そんな具合であった。
その後、Rem Koolhaasは意匠的な解釈云々というレベルでのことに興味が薄れてきたのか、徐々にデータを用いるの手法にどんどん進んでいったようです。特に中国をはじめとする急速に変化する新興国で新たな建築が生み出すことの方が興味深かいのでしょう。

Rem02

実は今回、村上隆さんの著書『芸術起業論』(2006年)と近著『芸術闘争論』(2010年)を連続して読む中で、Rem Koolhaasのやっていたことが氷解しました。この本には現代アートシーンを理解する前提を分かりやすくして説明してくれています。なおかつ、芸術家を志す人のためには芸術でお金を稼ぐ方法、つまり作品を売るための方法が書かれています。言うまでもなく、これらは勿論デッサン力など、ある程度の技量、実力はある、という前提での話。
まずアート市場の中心が西欧であることと、そのアート市場で作品を買っているのは主に富裕層であるという前提があります。市場性から真逆にあるかのように思える芸術であるけれど、一つの商品として考える場合はどうしてもこの文脈を外せない。ここに、海外で成功できる日本人芸術家が少ない理由があるというのです。

村上隆さんがいう西欧における現代美術のコンテクスト(文脈)とは以下の5つ。
自画像
エロス

フォーマリズム(ここでは歴史を意識すること。「厳密には内容より形式を重視し、形式的要素から作品を解釈しようという美学的傾向」のこと)
時事


日本であれば何々流といったように流れがあって、そのなかで異端な作家なんかがいて、新たな流れを生む。。。といった感地がしますが、西洋はやはり論理的で、新たなロジックで超えていくという感じがします。闇雲に自己陶酔的にオリジナリティを追求してもダメで「世界で唯一の自分を発見し、その核心を歴史と相対化させつつ、発表すること」が大切といいます。そのためにはまず歴史を学べと、特に戦前戦後付近から現在に至る歴史を重点的に学べと言っています。他にもアートについての意外なことが書いてあります。日本人のアーティスト像はひとつの作風を生涯かけて創り上げていくようなものがありますが、アート市場では全くダメなようです。現代美術の世界ではアーティストに振り幅が求められる。常に新しい何かを感じさせる存在でなければならないのです。

Hiropon

村上さんがオタク文化を現代アートとして表現するとき、フィギュアを等身大にデカくしたりとか、ただ表現に新しさがあるというのではなく、それを美術史とつなげていく作業もをしていく。例えば、10年以上前でしたが、村上隆が「SUPER FLAT」という概念を掲げたことがありました。日本美術の2次元性やオタクの漫画の2次元性のつながり、またIT革命やグローバル化を通して、垂直的、ピラミッド的、中央集権的な世界の関係がフラットになっていく様子などFLATにはアートのそして世界の現状との関わりが込められているのです。昨年ベルサイユ宮殿で行われた大規模な個展も、歴史的な過剰な装飾とサブカルでオタク由来のアートがマッチングしているというか、させているように見せることのスゴさを感じます。

Rem Koolhaasがかつてやっていた巨匠からの批判的な引用は村上隆が現代アート界でやっていたことと同じことだな・・・おそらくと・・・思うわけです。実はよくデザインのサイトDezeenをよく見るのですが、新たな造形というより既成概念を抽象的にしたり、批判的に利用したもの、その上でスタイリッシュだったり新鮮だったりするものが多いなとも感じていました。建築史上の或いは美術史上の文脈にのせることで批評性のある作品にする。それが各分野の評論家の目に留まり論じられる。閉じているといえば閉じている、逆にわかる人にはわかるという構造になっているということなのです。
だから村上さんはこの構造を理解した上で、勝負しなきゃお金にはならない。儲けようとかではなく、食えるアーティストにならなければ、作品を作り続けていくことができないんだと。

もう一つ日本の美術教育の有り様をものすごく批判しています。美大・芸大へ入学する前に美術予備校でデッサンはとてもうまくなる。それは世界で他に例を見ないほど、日本の誇れる独自の教育システムだと。なのに、いざ美大・芸大へ入学すると宗教のように個性的なものを創れとばかり叩き込まれる。また、日本ではゴッホのように芸術家は金に貪欲であってはならない信仰が強い。自分だけのオリジナリティを独力で形しないといけない、みたいなことを思っている。
村上さんはそれじゃダメだと言っている。だから自身の工房カイカイキキでは徒弟制度のようなことをやっていて、村上隆の下働きみたいなことをしながらも、芸術家としての哲学的な部分から叩き上げるみたいなことをしている。

この本は現代美術作家になりたい人にとっては必読でしょう。村上隆さんを知りたい人も必読でしょう。アート鑑賞好きの人にとっては、現代アート基礎の基礎となる仕組みを分かりやすく説明してくれています。そして、アーティストたるものがなぜマイノリティで、アナーキーで、破滅的で謎めいたものでなければならないのか。演じる者、読み解く者、それを盛り上げる者、遠いところから眺める者・・・こういった構造が世界の一つの断面であるということ。オタクなものがロー・アートが最先端のハイ・アートになるというようなこと。。。

村上隆のFM芸術道場はなかなかおもしろいです。ポッドキャストでも聴けます。

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