日記・コラム・つぶやき

2012年1月 1日 (日)

斜めがけの鞄

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この鞄、友人のトートバッグをつくるときの習作のつもりで、自分用に作りました。
人のために作るときは、きちんとしたものが多いのですが、
自分で使うものはザックリとしたものが好きなんです。
友人へはもっとまじめな雰囲気のものを作ります(笑)

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全部革の鞄は僕にとって重い印象がするので、頒布組み合わせるくらいが心地いのです。
頒布は切りっぱなしを多用しました。ラフな方がほつれたりしてオモシロイ。
革も水で洗ってシワっぽくしてあります。無理やり平にさせたれた革は本来の表情を取り戻し、その方が素材が生きているように思えるのです。

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地元のCAFEでiPhoneで撮ったのだけど、ちょっと霞んでしまいました。。。

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中にはポケットを一つ。

この一年、作ることをもっともっと頑張ります。
春あたりから靴も作っていく予定です。

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あけましておめでとうございます☆2012

2012

あけましておめでとうございます。
2012年、皆様にとって輝く年となりますように。

雑記帳として使っているMOLESKINEのページがちょうど年末で終わったので、新年から新調しました。
今回は期間が長かった。それまで1年前後で1冊のペースだったのですが、今回は2009年6月~2011年12月で、
約2年半で長かったな。
使いじめの頃は、今の会社に勤め始めてまもなくで、まだミシンも持っていませんでした。
ゆっくりではあるものの、進んでるんだなと実感しました。

2011年を振り返ると、まず注文靴の勉強を始めたことです。靴を作る術を学べたことは勿論なのですが、靴作りを通して、作って人に届けることについて考えが変わりました。
そして、やっと地面があらわれて、少しですが歩いて行くべき道が見えてきました。
あとはひたすら歩いていくしかないと思っています。

僕は相変わらずですが、
ちょっとずつ進んで行こうと思います。
どうぞよろしくお願い致します。

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2011年11月26日 (土)

僕の極楽、あなたの極楽 ……僕の南無阿弥陀仏、あなたの南無阿弥陀仏。

すべてをひっくり返した法然という人はすごくって、南無阿弥陀仏と唱えることが、あらゆる経より修行よりも優っているとしたわけだけど
様々な因縁を抱えて生きる人にとって説かれた、念仏のみを唱えよという教えは今にも通ずると思う。

まずは自分にとっての極楽は何かということを知らなければならない。
そのうえで、あなたの南無阿弥陀仏に当たるのは何ですかか、なにを実践することですか、ということなるのだと思う。
それが今に通ずる解釈なんじゃないかと考える。

他力本願という言葉は、はじめから誰かを当てにするとことと誤解されるけれどもちろん全く逆。
自分の限りを尽くせば、そこから先開かれるもの、手を差し伸べる者が現れるということなのだ。

法然が比叡山のエリート僧侶達を批判したのは、その修行によって仏を目指すのであれば、結局それは自利の行為でしかないということ。
だからひたすら念仏を唱えることが何にも勝るとした。例え悪人であった者でも、そうすることで極楽への道が開かれるとした。

物質的な格差が拡がり、ネットによってフラットな空間が拡がり、夢か現かうつろいのこの世界。
僕の極楽、あなたの極楽。そこには何かしら共有できるものがあるだろうし。

僕の南無阿弥陀仏、あなたの南無阿弥陀仏。皆が行えば、少しづつ阿弥陀は手を差し伸べてくれるかもしれない、とか思ったりする。
せっせ、せっせとナムアミダブツ。。。

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2011年6月 3日 (金)

生きる歓び、つくる歓び

昨日、住宅メーカーに勤めている友達と話していて

これからの経済成長なき社会での消費活動は、生きる為のものを消費する際に、できる限り歓びを感じれるものでなきゃいけないよね

って話をした。

彼曰く、よく壁に自分でペンキを塗りたいという人がいて、自分で塗れば、その費用が安くなると思っている人がいる。けど、残念ながら逆に高くついてしまう徒いうのが現実だと。

今の建築基準法や価格でいくと、どうしても壁は石膏ボードになってくる。すると、最も安上がりなのは壁紙を貼ることなる。なぜ高くなるかというと石膏ボードにペンキを塗ることはでいない為、左官屋さんに下地を塗ってもらい、その上にペンキを塗らなければならないからだ。

僕は、料理のように、作れるものは、好きなように自分の手で作ることが、生きる歓び、幸せな社会へと結びつくのではないかと思っている。

家を建てるという人生で最も大きな消費活動の中で、そういった自由が効かないというのは残念。自分の家を建てる、或いは好きな様にリフォームする、そういった時に自ら参加できるような仕組みづくりはできないのだろうか。

もしかしたらすでにそういうことをやっている人はいるのかもしれないけど、是非誰かそういうことをやらないかな。。。なんて僕にいう資格があるのかわからないけど

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2011年5月 4日 (水)

手づくりしながら。。。マルタン靴店をおもふ

靴の勉強は4回目を終え、少しづつだけれ進めているのかなと思いながらの日々。

GWは久々に作ることをしている。友人に頼まれたもの。前にも作ったパスケースをアレンジしている。なんというか、少し考え方が変わって、作り方を変えるために型紙を直したり、革の厚さを考え直したり、いくつも作って失敗したり、気にくわなかったりで、まだできていない。

僕が作るものはに並んでいるものを目指す必要はない。いまだにものの良し悪しを純粋なものでみれていない自分がいる。
だから今回のパスケースも変えた。
これはデザインの変化でなくて、考え方の変化。こうやって作り続けないと前へ進めない。

休みが明ければ、また大量生産/消費の靴を作る。
マルタン靴店はいつ開けるのか。。。うちの近くに週末だけやっているカフェがある。素敵だなと思う。そんなふうに、すごく小さく小さくでも早く開店したい。頑張るぜよ。


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2011年4月25日 (月)

足は難しい。。。

昨日は靴の勉強3回目だった。
足の測り方を学んだ。これだけたくさん測るのかと思い、靴の奥深さの一端を見た気がする。
逆に、測ってもらう立場になるとじっと立っていたり、座っていたりは結構しんどい。これらの計測の一連の作業を正確に手際良くこなさないといけない。
木型もおもしろいけど、難しい。ブリティッシュは足に忠実で神経質でビスポークの国が発展した国ならでは。アメリカンは足が楽で、大雑把で、量産向き。フレンチやイタリアンは見た目重視で、流線型な感じで幅細に見せる工夫をしている。ただ足には負担がありそう。
こうやって特徴を説明されて、観察したりベタベタ撫でまわしてみてもよくわからない。。。
人の身体はそうそう数値化できるものではないから、こういったことを学んだ上で、長年の勘で足に最適なものを作らねばならない。。。頑張らねば

その一方で周りの人や、先生方と話す時間も多い。こういった話を聞くと、自分が今後どのようにしていけばよいかが朧気ながらも見えてくる。昨日話しを聞いていて来年の自分はこんな感じにしたいな、と思った。まだ始まったばかりだから、なんとも言えないけれど、そのイメージを具体化できる生活パターンを考えなければいけないな。

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2011年4月21日 (木)

身近な政治。。。

最近気づいたことがあります。
今週末、全国的に市町村議会議員選挙が行われるようです。駅前で盛んに候補者が演説をしたり、支援者がビラを配っているわけですが、どうも共産党の方が多いのに気がつきました。

そこで全国の市町村議会の議席数を確認したところ無所属が最多数なのですが政党では共産党が一番なのです。
国会では今や少数政党の共産党ですが、市町村議会ではそれなりの議席数をもつのです。じゃあ当道府県議会ではどうかといえば、国会と同じく少数政党です。

たしかに共産党の政策は一般庶民の味方といえるようなものが多いですが、単にそれが支持されているいうことではないと思うのです。市町村議会議員選挙は投票率が低い、すると常日頃から政治への関心が高い人の占める割合が多くなるということなのでしょう。そして共産党の支持者は身近な政治にも関心が高く、それが議席数に反映されているのだと思います。

日本人は国政選挙は話題性もあり行かねばならないという人がかなりいます。が、市町村議会議員となると全然わからないからと投票へ行かない方も多いのではないでしょうか。僕もそうですが、国政選挙は国を決めるから投票せねばという使命感のようなものを感じ、市政選挙はちょっとした何が変わる?と思ってしまいがち。でも本来自分の住む場所に関わる選挙こそ行ってしかりだし、1票がもつ大きさは身近な選挙のが強いはず。

これからはローカルの政治が強くなってそれが束になって新たな日本を作る。そういう形がベストなのではないかと思います。

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2011年4月18日 (月)

日本人は何故短足で、足は幅広か

昨日は靴の勉強第2回目。

木型のこと、足のことを知ると、毎日毎日会社で大量生産する靴は良くないこと、良くないこと。
教えてもらいながら、面白いことを聞いたのでお裾分け。

きちんと調べたものではないので、事実は違っているかもしれないけれど。。。

日本人が短足なのは、つまりは胴体が長いということで、それは腸が長いから。
なぜ腸が長いかと言えば穀物を主食としてきたからだそうです。

欧米人が脚長なのは、胴体が短いわけで、それは腸が短いから。それは主に肉食だかららしい。
そういえば、欧米人の方が脂肪を分解しやすくて太りにくいって聞いたことがある。
つまりは小さな頃から肉食中心にすれば足長になるかも。ただ寿命は短くなるかも。。。だけど

日本人の足が甲高幅広なのは田植えや畑仕事をしていたかららしい。
欧米人は土踏まずがしっかりアーチ型で細い足なのは狩猟生活をして走り回っていたからだそうだ。
ヨーロッパのカッコいい靴を履きたい人は一生懸命走るといいのか?。。。多少は。

それにしても日本人の歩く姿勢が悪いのは。どういうわけか。。。顔を伏せたり背を丸めたり、そこに小さく見せるとか、へりくだるとか文化的DNAがあるのかな?

でもさ、地球に危機があったときには、日本人は強そう。何でも食べれて、消化できて。。。

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2011年4月16日 (土)

なぜ日本はこんな国になったのだろう

今回の大地震は天災であって、どうしても避けられない出来事であったと思う。でも福島原発の件については明らかに人災と思わざるをえない。
原発が日本にできるに至ったのは、まずアメリカからのプッシュがあって、読売グループが大宣伝をし、その後は国も東京電力も大手マスコミが安心でクリーンと大合唱した。最近はオール電化とか電気自動車といったものが身近になりつつもあり、新たな時代は電気がつくるとばかり明らかに他のエネルギー(ガスや石油など)より先をいくイメージだった。
その背後には原発があって、疑いもせずに受け入れてきた僕らにも責任は大いにある。正直に言えば日本の電気代は世界一高いことも知らなかったし、むしろ原子力で安いのかと思っていた(実際は、むしろ原子力のせいで高くなっている)。のに、ことさえ良く知らなかった。そして電力を使いたい放題してきたこと、東京の夜景が綺麗だなと思っていたことも否めない。

はっきりいって、この状況は日本が戦争をしてしまった反省をいまだ教訓にできていない、ということになってしまうと思う。そうしているうちに、こんな事態になってしまった。原発のことは、テレビや新聞はあてに出来ないけれど、ネットを多用することと自分のリテラシーである程度精査しながら、事実を探り、受け入れなければならない苦難や危険を探ることはできる。でもそんなことではない不安というものが心中をうごめいている。それはこの日本国の権力階層のダメさはなんなんだということ。一部の人を除き、首相をはじめとし政治家、官僚、マスコミ、一部の企業は本当に日本を助けたいのか?と思ってしまう。たぶん自分の任期にこんなことが起きてツイてないなくらいにしか思っていないのだと思う。

だから日本人の思考/志向について探りたくなってっきた。この難を乗り越えたところでそのことを理解し、少しづつでも改めて進まねばまた同じことが起きてしまう。
これまで日本の歴史をみたり文化や芸術をみたりして日本の可能性を探ろうとしてきた。まだまだかじりる程度しか理解できてはいないけど、知れば知るほど日本を誇らしく思えてくる。けれどその作業は果てもないもので、そう簡単に日本というものを知ることはできない、故に可能性を見出す以上のスピードで心のどこかに焦りや不安のようなものが蓄積されてくる。今回の震災やその後の状況でそれはいっきに大きな存在となってしまった。
そしてとうとう始めてしまったのが、日本の何が悪いのかと考えること。もう楽観的に可能性ばかりを模索していられない自分がいた。まず何が悪いのか、なぜ悪くなったのか、何時悪くなったのか、それを知ろうと歴史を遡ったりしている。

粗い描写でしかないけれど今はこんなことだと思っている実在する。江戸時代の後半などは、とても幸せそうだったのはわかる。するとこの今の元凶は何か。 大きな転機は二度あったと思う。それは明治維新と終戦。まず戦前戦後を眺めてみると、ハッキリ言って今の日本をみているようだった。論理的思考もないし、役割や責任も明確でない、逆らえない空気のようなものが悪い方へ悪い方へと押し流していった。もう既に良くない日本はあったようだ。
だから、明治になったときに何か起きたのだと思う。いや、正確には黒船でペルリがきた頃かもしれない。日本は島国ということもあって国という意識がない。そもそも国というのは、集団が巨大化してできるものではなく、周囲に勢力ができることで、自らの集団を護ろうというところから生まれるものだからだ。そんな日本に攘夷という考えができたときに、坂本龍馬たちが国をつくらねばとなり、そして見事に明治政府が誕生したわけだ。そこに西洋のシステムでもって日本国を構築しようとしたものの、その基盤は旧来からの日本であって、どうもおかしなシステムができてしまった。

古くから封建社会でその土地土地で統治することをしてきた日本を中央集権化することに無理があっただろうし、そもそもキリスト教あっての民主主義、資本主義のシステムを無理やりそれまでの日本に組み入れたあたりも大きな原因なのだろう。西欧では精神のエトスとしてキリスト教があり神がありキリストがいた。日本はそれを真似て国家神道をつくった。キリストの代わりが現人神天皇になった。
でも民主主義を体裁を整えるために天皇はかたちだけの頂点で、政治に口を出せないことになっている。でも天皇のために尽くすのであるから、政府は国民の意を汲めないというおかしな政治が誕生する。
西欧では政教分離だけど、その根本にキリスト教と絶対の中心たる神がいる。一方日本は、突貫工事でその求心力を最大限にしようとしたもんだから国が推奨するおかしな宗教が国家神道(しかも国家神道は宗教でないので政教分離できていることにしていた)があって、実在する人間が神がいてと不可思議な構造になっている。そして、戦後はそれがアメリカをオカミにしながらというのが粗描写なんじゃないかと思う。もっともっと勉強しなきゃなと思っているけど。

こんなあら探しをしている。。。でも皆が頑張ってきっと乗り越えるって思っている。信じている。

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2011年4月10日 (日)

靴の勉強をはじめます

実は震災の日は、僕の32歳の誕生日でした。まさか今年の誕生日がこんなかたちで記憶に刻まれるものとなろうとは思いもよらず。震災の被害、福島原発で戦後最悪の国難に陥っている状況ではあるのですが、僕にとっては明日から新たなことが始まります。
これからの一年間、平日仕事をしながらですが、毎週日曜日は靴の勉強を始めます。

このBlogにも書いているとおり、今働いている会社ではデパートなどで販売されている既成靴をつくっています。朝から夜までキビキビ動き回りながら数百足を生産する毎日なわけです。靴作りに携わるようになって2年弱経ちました。少しですが、前進できるかな。。。
学び始めるということは、始まりのはじまりですが、今思う気持ちを書きとどめておこうと思います。壁にも当たっていない純で無垢な今の気持ちをすこし。

靴を作ろうと思ったのは、靴が好きということよりも自分の気持ちを感じとった結果です。特にこれといった取柄のない僕がですが、コツコツと作るようなことがしたいと思いました。そして少しでいいから人の為になりたいなということも常々思ってきました(人の為になりたいなんて、ずいぶんと欲張りな考えのような気もするのですが)。僕の身の程で、少しでもそういったことが可能ならばと考えていたわけです。

男女ともに既成靴が足に合う方は良いと思います。比較的安価で沢山の種類から選択できますし、楽しく買えるし楽しく履けるし歩けるし。ですが巾広や甲高、女性を中心とした外反母趾など足に問題を抱えている方々が少なからずいます。やっぱり靴として一番重要な要素は、ファッション性でもなく、歩くための道具として足にフィットして快適に歩けることです。おしゃれはその次ぎです。だから理想的な話をすれば足を測ってその人の為の一足をつくるという、オーダーみたいなことをやってみたい。

またこれは食べていく為の選択でもあります。これは靴メーカーで働きながら日に日に増す考えなのでありますが、こんなに作って何になるのだろうと。偽物の宝石みたいのがジャラジャラついたものを作ったり、履き続ければ病気になるようなモノを作ったり、仕事で給料を頂きながらも矛盾を感じながら作業をしています。
更に今の大量生産消費社会は一つ曲がり角に来て、大量生産のシステムで如何に少量多品種をこなすかになってきて、そこにコストダウンも絡みそのシステムにもかなり無理が出てきはいる。そういった時にメイド イン ジャパンであることだって、そこに日本人の雇用が生まれることを除けばあまり意味がなくなってきています。自由主義経済的に、同じようなものなら安く作れれば生産地なんて重要ではないのですから。メイド イン ジャパンである必要性は作る側、買う側でmade in japanという印字にかすかに残る思い入れだけではないか、そう思います。
じゃあ日本で作り続けるためには、どうすればいいか。それは日本人の一人ひとりのために靴を作るということしかないと思います。

これからの日本は厳しい状況が続くと思います。でもまた新たに進みはじめていきます。理想的なことを言えば、数値的な発展ばかりではない、非経済、非科学といったことも含めて社会が次のステップへと進んで欲しい。
半藤一利さんが「昭和史1926-1954」の冒頭部分で日本が開国をして日露戦争に勝利した直後を頂点とし第二次大戦で敗戦するまで、上り調子の40年、下っていく40年であったと、そして講和条約でアメリカの管理下を脱し新たな日本を作って40年後にバブルの絶頂を迎えたと書いてます。いまそれから20年余り、仮にこのようなサイクルがあるとするならば、今は下り坂の中間点であってあと20年は下ることになる。社会学者ウォーラーステインもちょうどその頃(低賃金を求めた)生産地移転、原材料の高騰、福祉予算の増大が限界に達し世界が新たな局面を迎えると言っています。20年後くらいには新たな日本が再出発するであろうとするならば、僕は50歳を過ぎていますがその時を信じて、希望をもって少しづつ変えていけばいいと思います。

そういったさきがけとして無形の情報というものが20世紀までの物を中心とした価値感を転換してくれるんじゃないかという気もしてます。社会学者の見田宗介さんは、人は必要を最優先に考えるように思われているけど、「〈人間の生きることの歓び〉という原義的なものは、『必要』にさえ先立つものでありながら、どのような『必要』の限度をも超えて、限り無く自由な形態をとることである」という。振り返ってみれば、日露戦争直後もバブルも欧米の価値基準をもとにした頂点であった。でもどうだろう、頂点へ向かう志向そもそもが日本には適さないのかもしれない。世界とつながらなくていいとかではない、ナショナリズムを唱えるということでもない。外から持ってきた仕組みで作り上げられた今の日本には無理があるのでしょう。日本の歴史と文化があって、その上にあるべき社会というものは違うんじゃないかということ、今の日本は頭と体が完全にねじれてしまっているような状態だと思う。ねじ切れてしまわないうちに、松岡正剛さんの言葉を借りればこの「一途で、多様な国」の「日本という方法」を模索するようなことが必要ではないだろうか。。。なんて思ったりします。

利益と効率を最優先にする現在の経済化では福祉国家スウェーデンでさえそのモデルが適応できなくなりつつあるといいます。村上隆さんの話では、インドネシアの役人が「たしかに経済は急成長したが、文化がない」と嘆いていたそうです。日本を含め世界的にも20世紀の反動を乗り越えていかなければならない。日本にもまたいつか「逝きし世の面影」に描かれていた笑う日本人が戻ってくることを切に願うのです。僕にとっての靴作りもそんなことを抱きつつ始めることです。

見田宗介さんは、消費には生きる為の消費と欲望の消費があると言っています。靴にとっての生きるための部分といえば歩きやすいことそれにつきます。誰かに会いに行く、食べ物を買いに行く、学校へ通う。。。その為に靴があります。
正直、楽しみ半分、不安半分です。こうやって書いていることだって、自分が正しいと信じたいというか、憶測が当たって、良い日本を取り戻し、できれば働きやすい社会になっていて欲しいとか、持続可能な社会になっていて欲しいとか、そういったのぞみ半分です。

とりあえずお金を貯めながら一年間学び、その後どうしてゆくのか考えながら学んでこようと思います。

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