2012年3月 7日 (水)

ベビーシューズ

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ベビーシューズを作りました。
これは試しに作ってみたので、誰かにプレゼントするとかではないです。
早く誰かのために作りたいです。

手持ちの革で、おもちゃのように楽しそうな靴にしてみました。

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木型は13㎝
歩き始めるくらいのサイズ

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2011年5月 4日 (水)

手づくりしながら。。。マルタン靴店をおもふ

靴の勉強は4回目を終え、少しづつだけれ進めているのかなと思いながらの日々。

GWは久々に作ることをしている。友人に頼まれたもの。前にも作ったパスケースをアレンジしている。なんというか、少し考え方が変わって、作り方を変えるために型紙を直したり、革の厚さを考え直したり、いくつも作って失敗したり、気にくわなかったりで、まだできていない。

僕が作るものはに並んでいるものを目指す必要はない。いまだにものの良し悪しを純粋なものでみれていない自分がいる。
だから今回のパスケースも変えた。
これはデザインの変化でなくて、考え方の変化。こうやって作り続けないと前へ進めない。

休みが明ければ、また大量生産/消費の靴を作る。
マルタン靴店はいつ開けるのか。。。うちの近くに週末だけやっているカフェがある。素敵だなと思う。そんなふうに、すごく小さく小さくでも早く開店したい。頑張るぜよ。


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2011年4月25日 (月)

足は難しい。。。

昨日は靴の勉強3回目だった。
足の測り方を学んだ。これだけたくさん測るのかと思い、靴の奥深さの一端を見た気がする。
逆に、測ってもらう立場になるとじっと立っていたり、座っていたりは結構しんどい。これらの計測の一連の作業を正確に手際良くこなさないといけない。
木型もおもしろいけど、難しい。ブリティッシュは足に忠実で神経質でビスポークの国が発展した国ならでは。アメリカンは足が楽で、大雑把で、量産向き。フレンチやイタリアンは見た目重視で、流線型な感じで幅細に見せる工夫をしている。ただ足には負担がありそう。
こうやって特徴を説明されて、観察したりベタベタ撫でまわしてみてもよくわからない。。。
人の身体はそうそう数値化できるものではないから、こういったことを学んだ上で、長年の勘で足に最適なものを作らねばならない。。。頑張らねば

その一方で周りの人や、先生方と話す時間も多い。こういった話を聞くと、自分が今後どのようにしていけばよいかが朧気ながらも見えてくる。昨日話しを聞いていて来年の自分はこんな感じにしたいな、と思った。まだ始まったばかりだから、なんとも言えないけれど、そのイメージを具体化できる生活パターンを考えなければいけないな。

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2011年4月18日 (月)

日本人は何故短足で、足は幅広か

昨日は靴の勉強第2回目。

木型のこと、足のことを知ると、毎日毎日会社で大量生産する靴は良くないこと、良くないこと。
教えてもらいながら、面白いことを聞いたのでお裾分け。

きちんと調べたものではないので、事実は違っているかもしれないけれど。。。

日本人が短足なのは、つまりは胴体が長いということで、それは腸が長いから。
なぜ腸が長いかと言えば穀物を主食としてきたからだそうです。

欧米人が脚長なのは、胴体が短いわけで、それは腸が短いから。それは主に肉食だかららしい。
そういえば、欧米人の方が脂肪を分解しやすくて太りにくいって聞いたことがある。
つまりは小さな頃から肉食中心にすれば足長になるかも。ただ寿命は短くなるかも。。。だけど

日本人の足が甲高幅広なのは田植えや畑仕事をしていたかららしい。
欧米人は土踏まずがしっかりアーチ型で細い足なのは狩猟生活をして走り回っていたからだそうだ。
ヨーロッパのカッコいい靴を履きたい人は一生懸命走るといいのか?。。。多少は。

それにしても日本人の歩く姿勢が悪いのは。どういうわけか。。。顔を伏せたり背を丸めたり、そこに小さく見せるとか、へりくだるとか文化的DNAがあるのかな?

でもさ、地球に危機があったときには、日本人は強そう。何でも食べれて、消化できて。。。

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2011年4月10日 (日)

靴の勉強をはじめます

実は震災の日は、僕の32歳の誕生日でした。まさか今年の誕生日がこんなかたちで記憶に刻まれるものとなろうとは思いもよらず。震災の被害、福島原発で戦後最悪の国難に陥っている状況ではあるのですが、僕にとっては明日から新たなことが始まります。
これからの一年間、平日仕事をしながらですが、毎週日曜日は靴の勉強を始めます。

このBlogにも書いているとおり、今働いている会社ではデパートなどで販売されている既成靴をつくっています。朝から夜までキビキビ動き回りながら数百足を生産する毎日なわけです。靴作りに携わるようになって2年弱経ちました。少しですが、前進できるかな。。。
学び始めるということは、始まりのはじまりですが、今思う気持ちを書きとどめておこうと思います。壁にも当たっていない純で無垢な今の気持ちをすこし。

靴を作ろうと思ったのは、靴が好きということよりも自分の気持ちを感じとった結果です。特にこれといった取柄のない僕がですが、コツコツと作るようなことがしたいと思いました。そして少しでいいから人の為になりたいなということも常々思ってきました(人の為になりたいなんて、ずいぶんと欲張りな考えのような気もするのですが)。僕の身の程で、少しでもそういったことが可能ならばと考えていたわけです。

男女ともに既成靴が足に合う方は良いと思います。比較的安価で沢山の種類から選択できますし、楽しく買えるし楽しく履けるし歩けるし。ですが巾広や甲高、女性を中心とした外反母趾など足に問題を抱えている方々が少なからずいます。やっぱり靴として一番重要な要素は、ファッション性でもなく、歩くための道具として足にフィットして快適に歩けることです。おしゃれはその次ぎです。だから理想的な話をすれば足を測ってその人の為の一足をつくるという、オーダーみたいなことをやってみたい。

またこれは食べていく為の選択でもあります。これは靴メーカーで働きながら日に日に増す考えなのでありますが、こんなに作って何になるのだろうと。偽物の宝石みたいのがジャラジャラついたものを作ったり、履き続ければ病気になるようなモノを作ったり、仕事で給料を頂きながらも矛盾を感じながら作業をしています。
更に今の大量生産消費社会は一つ曲がり角に来て、大量生産のシステムで如何に少量多品種をこなすかになってきて、そこにコストダウンも絡みそのシステムにもかなり無理が出てきはいる。そういった時にメイド イン ジャパンであることだって、そこに日本人の雇用が生まれることを除けばあまり意味がなくなってきています。自由主義経済的に、同じようなものなら安く作れれば生産地なんて重要ではないのですから。メイド イン ジャパンである必要性は作る側、買う側でmade in japanという印字にかすかに残る思い入れだけではないか、そう思います。
じゃあ日本で作り続けるためには、どうすればいいか。それは日本人の一人ひとりのために靴を作るということしかないと思います。

これからの日本は厳しい状況が続くと思います。でもまた新たに進みはじめていきます。理想的なことを言えば、数値的な発展ばかりではない、非経済、非科学といったことも含めて社会が次のステップへと進んで欲しい。
半藤一利さんが「昭和史1926-1954」の冒頭部分で日本が開国をして日露戦争に勝利した直後を頂点とし第二次大戦で敗戦するまで、上り調子の40年、下っていく40年であったと、そして講和条約でアメリカの管理下を脱し新たな日本を作って40年後にバブルの絶頂を迎えたと書いてます。いまそれから20年余り、仮にこのようなサイクルがあるとするならば、今は下り坂の中間点であってあと20年は下ることになる。社会学者ウォーラーステインもちょうどその頃(低賃金を求めた)生産地移転、原材料の高騰、福祉予算の増大が限界に達し世界が新たな局面を迎えると言っています。20年後くらいには新たな日本が再出発するであろうとするならば、僕は50歳を過ぎていますがその時を信じて、希望をもって少しづつ変えていけばいいと思います。

そういったさきがけとして無形の情報というものが20世紀までの物を中心とした価値感を転換してくれるんじゃないかという気もしてます。社会学者の見田宗介さんは、人は必要を最優先に考えるように思われているけど、「〈人間の生きることの歓び〉という原義的なものは、『必要』にさえ先立つものでありながら、どのような『必要』の限度をも超えて、限り無く自由な形態をとることである」という。振り返ってみれば、日露戦争直後もバブルも欧米の価値基準をもとにした頂点であった。でもどうだろう、頂点へ向かう志向そもそもが日本には適さないのかもしれない。世界とつながらなくていいとかではない、ナショナリズムを唱えるということでもない。外から持ってきた仕組みで作り上げられた今の日本には無理があるのでしょう。日本の歴史と文化があって、その上にあるべき社会というものは違うんじゃないかということ、今の日本は頭と体が完全にねじれてしまっているような状態だと思う。ねじ切れてしまわないうちに、松岡正剛さんの言葉を借りればこの「一途で、多様な国」の「日本という方法」を模索するようなことが必要ではないだろうか。。。なんて思ったりします。

利益と効率を最優先にする現在の経済化では福祉国家スウェーデンでさえそのモデルが適応できなくなりつつあるといいます。村上隆さんの話では、インドネシアの役人が「たしかに経済は急成長したが、文化がない」と嘆いていたそうです。日本を含め世界的にも20世紀の反動を乗り越えていかなければならない。日本にもまたいつか「逝きし世の面影」に描かれていた笑う日本人が戻ってくることを切に願うのです。僕にとっての靴作りもそんなことを抱きつつ始めることです。

見田宗介さんは、消費には生きる為の消費と欲望の消費があると言っています。靴にとっての生きるための部分といえば歩きやすいことそれにつきます。誰かに会いに行く、食べ物を買いに行く、学校へ通う。。。その為に靴があります。
正直、楽しみ半分、不安半分です。こうやって書いていることだって、自分が正しいと信じたいというか、憶測が当たって、良い日本を取り戻し、できれば働きやすい社会になっていて欲しいとか、持続可能な社会になっていて欲しいとか、そういったのぞみ半分です。

とりあえずお金を貯めながら一年間学び、その後どうしてゆくのか考えながら学んでこようと思います。

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2011年2月21日 (月)

靴づくりはどこへゆくのでしょうね

買い物をするときに「安くて、よりよい物」ということを意識すると思います。人によって、「安くて、よい物」への本気度は様々だと思いますし、すごく好きなものや趣味のものを買うとき、それほど気にしないものを買うときなどによっても様々だと思います。

ただメーカーに勤めていますと「安くて、よいものです。が、・・・」というのが実態だと思います。安さには何かしらの理由がないはずがない。そのぶん儲けているのかといえば、そんなことはありませんよ。ギリギリです。生産量も徐々にヘリ、少量で多デザインが進む傾向です。大量生産を前提とした靴メーカにとっては効率の良くない方向へと進んでいます。

靴の材料、わかりやすいところで革を例に出すとこんなことがあります。
靴全般の話をしますと、基本的には鞄や衣類に使われる革より良いものが使われます。高級なものや庶民的なものという点をカッコにいれて考えた場合、沢山の面積を必要とするものの方が質の低い革を使います。
一流の高級靴は、革自体がよいのはもちろんのこと、裁断の時は伸びる方向も考えて肌目のきれいなところだけを取ります。だから当然歩留まりは悪い(捨てるところが多い)。
では、庶民的な靴の場合はどうなるのか、いくつかの方法を列挙します。実際は、これらを複合的に用いて、価格に折り合いをつけています。
革の質を下げる。革の値段はいろいろですが、安い革にするというのもあります。また、見た目だけにこだわる場合、後述しますが誤魔化し方は色々とあり、合皮という手もあります。最近は合皮のレベルも上がってきました。
良くないところを使う割合を増やす。甲革(靴の表面の革)なら目立ちにくい内側、つまりは土踏まず側などを中心に革の良くない部分を使うというのもよくある手段です。

牛や動物の革は、若いものの方が柔らかい。肉と同じですね、高級料理で仔牛の何チャラってよくありますよね。ただし仔牛なので一枚の革の面積は小さくなる。とすればそもそも仔牛の革など高いのにさらに歩留まりも悪い。
そうするともう少し加齢した牛の革の方が大判で歩留まりも良い。ただし、柔らかさなんかはあまりないわけです。硬いということは、適度に伸びないので足に馴染まない、故に歩きにくいということにつながります。
人間と同じで歳をとれば、シワやシミ、さらにはキズも多くなったりする。そんな中でも酷いものは、エナメル用や塗料が厚く塗られたものにされる。他にも銀面(革の表面)を研磨してから塗装する、などなどいろいろと誤魔化すわけです。

革の他にも、特に見えない部分を中心にコストダウンは進んでいます。
ただ最後に、材料を絞って原価を落としたところで、作る手間はそれほど変わらなかったりするのです。むしろ質の悪い材料のために、作業しづらいことさえあります。
そうなってくると最後は人件費、もうこれしかないわけです。

そして海外への移行が始まると、国内への回帰はなかなか難しい。
靴のみならず、日本の産業はどうなっていくことやら。。。

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2009年12月 3日 (木)

少しずつですが・・・進歩しています

今回はつま先のところを少し飾ってみました。

ミシンもなんとかみれるようなものおになってきたかなぁ・・・

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2009年11月28日 (土)

靴の安売り市

年に二回、靴のメッカ浅草で靴の安売りがあります。

今回は今日と明日の二日間

場所は玉姫稲荷神社

通称"こんこん市"と呼ばれています。

紳士靴、婦人靴がメインで、革の鞄、革の衣類もチラホラ

出店しているのはメーカーです。
どんなものが並んでいるかといいますと、在庫品や若干難有りとされたもの。
だから問題なく履けるものばかりで、そんなに品質は悪くないですよ。

朝8時くらいから始まるそうで、掘り出し物目指して朝6時から並ぶ人もいるそうな
昔はかなり売れたらしく、ここでの売り上げが社員のボーナスになったという話です。

こういうのがあるから経済が成り立つんだと思います。
グローバルと対極のこういうのが・・・

だからお金も2種類あるべきだと思うな
このことは今度書こう~っと

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2009年11月15日 (日)

じゃじゃ~ん

ついに来ました。
漉き機
ミシンと仲良く隣同士

今年で2つ揃えてしまった
ガンガン使って元取らないとね

これ以上機械は置けないので
頑張って次は・・・うふふ

Photo

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2009年11月 7日 (土)

大型設備投資です

ミシン屋さんで中古の革漉き機を見てきました。

漉くとは、革を削って薄くすることをいいます。

靴や革製品では、折り返したところや、革同士を縫い合わせるところを薄く削るわけです。

厚いままだと、そこだけ2は2倍の厚みになりゴワついてしまいます。

靴なら歩き難いものに、鞄や小物なら中身が取り出し難くなったり、ポケット
に入れても邪魔くさかったりするわけです。

例えば
以前載せた定期入れは8割くらいを漉く工程に費やしています。

その漉く作業が一瞬で片づきます。

この機械、今度の土曜にやって来ます。

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